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廣宮孝信 ひろみやよしのぶ

Author:廣宮孝信 ひろみやよしのぶ
工学修士(大阪大学)、都市情報学博士(名城大学)。
2009年、著書「国債を刷れ!」で「政府のみならず民間を合わせた国全体の連結貸借対照表(国家のバランスシート)」を世に送り出した経済評論家、"国家破綻セラピスト"です。
「アイスランドは財政黒字なのに破綻!」、「日本とドイツは『破綻』後50年で世界で最も繁栄した」--財政赤字や政府債務GDP比は、国家経済の本質的問題では全くありません!
モノは有限、カネは無限。国家・国民の永続的繁栄に必要なのは、国の借金を減らすとかそんなことでは全くなく、いかにモノを確保するか。モノを確保し続けるための技術投資こそがカギ。技術立国という言葉は伊達にあるわけではなく、カネとか国の借金はそのための手段、道具、方便に過ぎません。
このように「モノを中心に考える」ことで、国の借金に対する悲観的常識を根こそぎ打ち破り、将来への希望と展望を見出すための”物流中心主義”の経済観を展開しております。”技術立国・日本”が世界を救う!
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656:日銀が万が一、債務超過となった時の対応策の検討(その3)

2015/05/26 (Tue) 21:07
前回の続きです。

前回までは、

アメリカの覇権のゆらぎ

株の暴落はあり得る

自己資本以上に株やREITを保有している日銀の債務超過はあり得る

仮に「株の暴落で日銀の債務超過」があっても、政府が保有資産を3兆円ほど日銀に現物出資すればひとまず日銀の債務超過は防げる

という話の流れでした。

今回は、「株の暴落で日銀の債務超過」があっても、政府が諸般の事情により現物出資等の救済措置を行わない/行えないケースを検討してみます。
かなりあり得ないシチュエーションであると思いますが、「アメリカの覇権のゆらぎ」が仮に本物なら、何が起こっても不思議はないとも思われますので、念のため、という具合です。




4.万が一、世界的な株の暴落等により、万が一、日銀が債務超過に陥った場合の為替レートの検討

近年における、先進国における二つの経済危機事例から、簡易的に類推してみようと思います。

一つは、1992年の英国「ポンド危機」。
もう一つは、2008年のアイスランドの中央政府債務不履行です。

ギリシャ危機は取り上げません。
というのは、ギリシャは共通通貨に縛られている危機事例であり、通常の独自通貨を持つ国の危機の様相――為替レートの急落、それに起因する輸入物価上昇に伴うインフレ率の上昇、為替レートの大幅下落による経常収支の改善と経済の回復というプロセス――と異なるからです。ギリシャの場合は為替下落がないので、危機においては別の形での購買力平価の下落、すなわち、物価下落(デフレ)となるので、あまり参考になりません。


以下、グラフのデータ出典はOECD.StatExtracts。但し、為替レートは逆数を計算して表示しています。


まず、イギリスの「ポンド危機」です。

capture_20150526_161625.png 


実を言うと私、今回このグラフを作るまで、「ポンド危機」ってそこそこ大変な「危機」というイメージを持っていました(博士論文でもこの「ポンド危機」は扱っていたのですが、その意識を持っていました)。
が、今回データを見ていて、「ポンド危機」はそれほど大したことがなかったのだなという認識です。というのは、「ポンド危機」が以下の3点のようなものだったと気づいたからであります:
・対ドルの為替レートの下落率が、リーマンショック以下だった。
・長期金利(10年物国債利回り)が、「危機」のはずなのにむしろ低下していた。
・インフレ率も、対ドルレートの下落でさぞや高くなっていたかと思いきゃ、むしろ「危機」において低下していた(下グラフ参照)。




capture_20150526_161647.png



じゃあ、92年の「ポンド危機」って何だったんだ、というと、現在のユーロの前身というべき、欧州為替相場メカニズム(ERM)に当時参加していた英国ポンドが、ジョージ・ソロス氏の投機によってERM加盟国間の為替レートの変動幅±2.25%を超えて「下落」した、つまり、バンク・オブ・イングランドが民間投機家に負けた、という意味で「危機」と言われているだけのことのようです。確かに、ショッキングな出来事であり、これが原因で英国はユーロに参加しなかったようです。まあ、むしろソロス氏のおかげ(?)でユーロに参加しなかったことは、後のことを思えば「幸運」と言えたかもしれませんが、どうでしょうか。人間万事、塞翁が馬といったところです(参考資料:野村証券)。

この英国の「危機」は、経常赤字が続いている中で、ポンドが「割高」となっていたことが原因と思われます。
そして、「危機」の程度が小さかったのは、経常赤字とは言え、英国には外貨建て債務、より正確には「通貨発行権で対応できない債務」の問題がなかったから、あるいはそのような問題が十分に小さかったからであると考えられます。

「通貨発行権で対応できない債務」の問題がない場合の危機というのは、小さくて済むと考えられます。
というのは、そのような国は、対外債務は主に自国通貨建てであり、対外債権が外貨建てであるからです。
このような場合、自国通貨が下落すれば、自国通貨換算で外貨建ての対外債権が膨らむ一方、対外債務は不変であるため、対外純債務が縮小/対外純資産が拡大することになり、それによって対外収支も改善することになるため、危機における安定化作用が働くことになります。

それはそれとして、とにかく、その「危機」におけるポンドの対ドル下落率は、7か月(92年7月→93年2月)で25%という水準でした(ちなみに、リーマンショックのときは、8か月(08年7月→09年3月)で29%の下落)。

※アベノミクスの異次元緩和では、ドル/円は1ドル80円から120円に円安、下落率は逆数で計算するので、1/80 →1/120で、33%の下落でした。ポンド危機の下落率(25%)を上回るわけですが、ポンド危機のポンド安は通貨当局にとって不本意な下落、アベノミクスの円安は意図どおりの下落という点が違うと言えます。


次に、アイスランドです。


capture_20150526_161604.png



・対ドルレートの下落率は12ヵ月(07年11月→08年11月)で55%。
・長期金利は最大で+15%で打ち止め。長期金利の変動幅は、最大で9%→15%の+6%。
・インフレ率は最大で+18%で打ち止め(既出の上のほうの図参照)。


アイスランドは、個人が住宅ローンを日本円やスイスフラン建てで組むなど、民間部門の外貨建て借金が凄まじい規模で存在していました。そして、国有化された3大銀行が外貨建て債務の不履行を起こしたため、形式としては中央政府の債務不履行が生じました。
が、なんだかんだ言って、インフレ率は最大でも20%に届かないうちに打ち止めとなり、残念ながら破綻論者の皆さんの大好きなハイパーインフレとまでは行かなかったと言えます。


さて、仮に日本において、日銀が債務超過に陥ることによって「危機」が生じた場合にとのようなことになるかを類推してゆきます。

日本は、仮に日銀が債務超過に陥り、大幅な円安になったとしても、英国同様、外貨建て債務の問題は僅少であると考えられるため、円安→対外純資産の改善→対外収支の改善という安定化作用が生じるものと考えられます。
となれば、日本の「危機」は、恐らく、外貨建ての対外債務問題で政府の債務不履行を生じたアイスランドよりはマシなものとなると考えられます(言い換えれば、アイスランドの「危機」が「最悪のケース」の目安と考えられる)。

一方、英国の「ポンド危機」と、現在検討中の「日銀の債務超過」を比較すると、英国の「ポンド危機」においては中央銀行の債務超過は発生していないと思われます。何せ、危機のさなかで長期金利がむしろ低下していた→10年物国債の価格がむしろ上昇していたので(逆に、中央銀行が債務超過となっていたとしたら、それ以上国債を買い増すというのは難しいのではないかと思われます。この点については、あとでまた取り上げます)。

となると、仮に「日銀の債務超過」が起きた場合の危機の様相は、英国の「ポンド危機」とアイスランドの「政府の債務不履行に関連する危機」の中間くらいかというように類推できます。

すると、こんな感じでしょうか:

・対米ドルの下落率は25%~55%程度
・長期金利の上昇幅は最大で+6%程度以下
・インフレ率は最大で+18%程度以下


さて、仮に株の暴落が起きても政府が諸般の事情によって事前に日銀に資本注入などの対策を取ることなく日銀の債務超過が生じた場合、債務超過となった日銀がそれ以上国債を買い増すことができるのか、という問題が生じるかも知れません。
理論的には、そのようなときでも国債の買い増しは可能のような気もしますが、「債務超過となった日銀が国債を買い増すなどしたら、日銀の信頼はますます失墜してしまう」とか、そういった議論が日銀の政策決定過程において優勢になる可能性は一応、「最悪のケース」として想定したほうが良いと思われます。

今日現在の日本の10年物国債の利回りは、ブルームバーグを見てみると、0.4%程度です。
これが仮に6%増加して6.4%になった場合、10年物国債の価格がどうなるか計算してみましょう。
(債券価格の計算方法は6年前の当ブログで紹介した、こちらの親切な方のブログで解説されています。一言で言えば、「割引現在価値」に基づいて計算されます)

10年物債券の利回りが0.4%→6.4%となった場合、価格は100から56.2に下落(下落率43.8%)となります。
これが中韓、じゃなかった、中間で0.4%→3.4%の場合、価格は100から74.7に下落(下落率25.3%)となります。

さて、国債の財務省表上の評価方法について。

一般の市中銀行の場合。
 国債が満期保有目的であれば、時価ではなく簿価で評価されます(より正確には、償却原価法という評価方法です。例えば、三菱UFJフィナンシャルグループ(MUFG)の決算短信には「満期保有目的の債券については移動平均法による償却原価法(定額法)」で評価するとあります。ちなみに、償却原価法では、買った時の値段が満期のときの償還価格100と異なる場合、会計期間ごとに、100に近づいていくように評価替えされます。つまり、満期保有であれば、どれほど債券価格が下落しても時価は気にする必要がない、ということになります。
 但し、50%以上の価値の下落があった場合は、「減損処理」により、時価で評価替えがなされることになります(全銀協資料参照)。
 仮に、銀行が大量の10年物国債を満期保有目的で保有していても、10年物国債の利回りが6%増以下で済むのであれば、上記の計算から下落率は50%未満なので、減損処理はされませんし、償却原価法で評価しているため、時価の変動は銀行のバランスシートに何らの影響も与えません。

 とはいうものの。
 例えば、日本最大の銀行グループである三菱UFJフィナンシャルグループ(MUFG)の決算短信を見ると、保有国債については時価評価しない「満期保有目的」よりも時価評価される「その他有価証券(短期売買目的でも満期保有目的でもない有価証券)」のほうが圧倒的に大きな金額を占めています。2015年3月時点でMUFGは
「満期保有目的」の国債 1.1兆円
「その他有価証券」の国債 34兆円
この保有国債のうち、全部が10年物というわけではもちろんなく、もっと短期のものが中心と思われます。とりあえず10年物の下落の影響が1/2とすれば、10年物国債利回りが6.4%になった場合の影響は、21.9%となり
34兆円×21.9%=7.4兆円
の評価減となります。
MUFGの純資産は17.3兆円ですから結構な金額と言えます。金融機関の中には、もっと甚大な影響を受けるところも出て来るでしょう。また、金利全般の上昇により、財政状態がカツカツな個人や企業は甚大な影響を受けることとなるでしょう。


日銀の場合。
日銀の会計規則を見ると、日銀においては、保有国債はとにかく償却原価法で評価されるようです。また、減損処理の対象は「コマーシャル・ペーパー等、社債(不動産投資法人債を含む。)、株式、指数連動型上場投資信託受益権及び不動産投資法人投資口」が限定列挙されているのみであるため、国債は減損処理の対象外となっているようです。
 それでも債券については評価損がある場合は引当金(債券取引損失引当金等)を計上する仕組みがあるのですが、日銀法施行令第15条において引当金の計上には「財務大臣の承認」が必要とのことで、逆に言えば、財務大臣が承認しなければ、計上しないことになるようです。
 以上からすると、国債の価格下落が日銀のバランスシートに与える影響はあまり考えなくて良いのかも知れません。





上記の見積もりでは、10年物国債利回りは6.4%が最悪というように考えましたが、これはあくまでも適当な目安に過ぎません。アイスランド国債利回りに見受けられた最大15%の水準までいくとすると、債券価格は0.4%で100とした場合と比べて、
100→25.6で74.4%下落となります。そこまで行くと、日本最大の金融グループたるMUFGですら純資産がマイナス、すなわち債務超過に陥るかも知れません。
 そうなってから政府が救済措置を講じるとなるとかなり面倒ですから、やはり最善はほんの数兆円を日本銀行に資本注入して日本銀行の債務超過をできるだけ早い段階で解消しておくことである、となります。
 とはいえ、今回の検討は、諸般の事情により政府が早い段階で日銀に資本注入できなかった場合についてのものです。そのような資本注入を行わなかった場合で、かつ、日本中の市中銀行が国債の下落やそれに伴うその他の債券等の下落により軒並み債務超過となるような場合(正直、かなりあり得ないとは思いますが)について、どのような対処法が考え得るか、については、次回、検討してみたいと思います(次回でこのシリーズは最終回とします)。


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655:日銀が万が一、債務超過となった時の対応策の検討(その2)

2015/05/22 (Fri) 15:05
前回の続きです。

前回、ご質問を受けて気づきましたが、「債務超過」という言葉について説明が不足していたように思いますので、簡単に説明しておきます。

債務超過とは、財務諸表上で負債が資産を上回る状態

ということになります。

つまり、単純に、帳簿上で

資産<負債

となる状態です。

日銀の財務諸表上で「資産<負債」になるということは、

負債側に計上される銀行券(紙幣)や当座預金の価値を担保する資産が不足するに至った状態である、ということになります。


このとき、二つの考え方があり得るでしょう。

考え方A:そもそも紙幣とか当座預金とか、カネなんてものはいくらでも作れるんだから、日銀の債務超過なんて気にしなくていいんじゃないの?

考え方B:タダでさえ、不換紙幣は価値の裏付けが乏しいのに、日銀が債務超過になって紙幣や当座預金の担保資産を100%確保できていない状況になったというのであれば、余計に価値が無くなっちまったじゃねえかよ!



ここで重要なのは、AとBの考えのどちらが正しいか、ということよりは、私は、世の中の大多数の人々がどちらが正しいと感じるか、であると私は考えます。

現在は、アメリカの覇権の揺らぎを第一として、世界的に不安定な状況である、という仮定を大前提とします(一応、あくまでも「仮定」とします)。
 そして、日銀が債務超過になるとすれば、恐らくは日本のみならず、世界的に株の暴落が起きたとき、ということになります。
そのような状況では、論理的な考えよりは、少々感情的な考え(「感情的」なのに「考え」と言えるかどうか別にして)のほうが強力な伝播力を持ちやすいと考えられます。
 また、脳科学でいうところの「連合学習」の観点からすると、楽観的な雰囲気では楽観的な感情に沿った考えが受け入れられやすく、悲観的な雰囲気では悲観的な感情に沿った考えが受け入れられやすい、と考えられます。
すると、世界情勢の不安定、世界的な株式市場の不安定、という中で日銀の帳簿上の「債務超過(=資産<負債)」が生じた場合、やはり上記のAよりはBのほうが伝播力は強くなるのではないかと思われます。


前回の最後のほうでは、「日銀が株暴落で債務超過になるのを防ぐならば、事前に政府が日銀の株を買い取ってしまえば良い」と書きました。今回のエントリーの趣旨は「政治的な理由などで政府による日銀保有株式の買い取りが出来なかったらどういう選択肢がありうるか」を検討するのがということになります。
 そして検討を進める上では、上記Bの考えのほうが世の中で支配的になり、日銀の債務超過が問題となるという仮定を前提とします。


3.株の暴落により日銀が債務超過となってしまった場合の対処法

未然に債務超過を防ぐのが最善と言えますが、起こってしまった場合においても、政府が日銀保有株式を買い取るのが本来は一番手っ取り早いかと思います。
 買取価額はもちろん、暴落したあとの時価ではなく、日銀が株を買った時のコスト(簿価)で政府が買うことにより、日銀の債務超過状態を解消してしまう、ということです。
 未然に防ぐ、という場合に想定される「政府が日銀の保有株を買うということは、政府・日銀が株の暴落を予想しているのか?」という要らざる不安を市場に与えるリスクがあり得ますが、暴落した後ならそのようなことは考えなくて良いという意味で、以後対処の場合、事前の対処と比べてハードルは一つ少ないかと思います。

 しかし、それも「そんなことしたら国の借金ガー」という考えが支配的な場合は、政府あるいは国会も身動きが取れないことになります…。いや、そんな場合には、国有資産による現物出資という手も考えられます。借金は増やさず、政府手持ちの資産を日銀に資本注入するわけです。
 国有の土地・建物、財務省の持っている外貨準備の米国債や金地金などなど。とりあえず、財務省の外貨準備の2015年4月末の状況を見てみますと、

外貨 1.2兆ドル 143兆円 (1ドル=120円換算)
金  290億ドル 3.5兆円 (同)

となっています。この外貨準備は「通貨当局及びその他の中央政府(社会保障部門を除く)」ですので、日銀保有分も含まれます。日銀の外貨(外国為替)と金の保有高はそれぞれ5月10日の営業旬報によると

外貨 6兆円
金  4400億円

となっていますから、外貨準備のうち、中央政府持分は、

外貨 137兆円
金   3兆円


という具合になります。

前回のエントリーで、日銀の株やREITの簿価は6.4兆円、純資産は3.5兆円程度ということでしたので、政府保有の金だけで、株式等が純資産を上回る分(約3兆円)を賄うことが可能となりそうです。

いざ有事(金融においての有事)があったとき、政府が素早く動くことができれば、日銀の株やリートの暴落に起因する債務超過問題は速やかに解消できそうですね。特に、暴落が起き、日銀の債務超過が表面化するよりも前にできれば、完璧です。もちろん、「政府が速やかに動ければ」という条件付きですが。





今回はここまでとします。

次回は、株やREITの暴落があっても、諸般の事情により政府が速やかに日銀の債務超過問題を解消できなかった場合(かなり特殊な場合のような気もしますが)において、日銀が債務超過に陥ったとしたら、どのような混乱が生じ得るか、その混乱からどのようにすれば早期に秩序を回復し得るか、について検討を行いたいと思います。



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654:日銀が万が一、債務超過となった時の対応策の検討(その1)

2015/05/18 (Mon) 17:30
本題に入る前に、昨日のいわゆる「大阪都構想」というか「大阪市解体構想」が住民投票で否決され、ついに終止符を売った件について少々。

これについて私が強い感情を伴って思い浮かべるのは、私がお世話になった故・長田義明元大阪府議会議長のことです。この7年も続いたお祭り騒ぎがなければ、もっと長生きされていたのではないかと思うと、非常に複雑な気持ちにならざるを得ません。

私が長田元議長の生前、ご本人から伺ったのは、都構想というか、維新が大阪の自民党から分裂するきっかけとなったのは、咲洲(さきしま。大阪市の臨海地域)のWTCに府庁を移転するか否かで自民党府議団の内紛であったということです。
 そのWTCとは東日本大震災において唯一、西日本で被災したあのビルです。橋下氏らはこの万一津波があれば孤立する可能性が高いと指摘されていたビルに府庁移転を強行しようとし、この問題が2011年の統一地方選時の選挙の争点ともなりました。

そこで、朝日新聞が「震災は天の恵み」と書き立てた、長田元議長の失言騒動が沸き起こりました。
 この際の長田元議長の発言の意図は、震災そのものが天の恵みというわけでは当然、あり得ません。どこかの反日の国のごく一部の人々じゃあるまいし、そんなことは絶対に断固としてあり得ません。
 そうではなく、この震災によって、唯一西日本で被災したのがWTCであったということにより、橋下氏がこのビルに府庁を移転することが間違いであることが明らかになったことは、大阪府民にとっては不幸中の幸いであった、という意図です。もし大阪で大震災があった場合に、災害対策本部となるべき府庁が津波被害などによって孤立し、より多くの人命が失われるようなリスクが回避されたという意図です。
 失言ではありましたが、これによって長田元議長が寿命を大いに縮めなければならなかったという類のものであったとは、私には今も決して思われません。この騒動の翌々年(2013年)に元議長は他界されました。

 騒動の勃発時は毎日のように多数の記者が詰めかけ、連日連夜、自宅兼事務所に抗議電話がかかってくるというありさまでした。
 抗議電話をかけて来られた方の中には保守系の方もいらしたと思います。しかし、これがあの朝日新聞の記事の見出しが契機であったと分かっていた人――言い換えれば、元はと言えば朝日新聞に煽られていたと分かっていた人――は少なかったでしょう。そして、翌々年に元議長が他界されたというその後の経緯を知るに至った人も非常に少ないのではないかと思います。

元議長がこの失言をしてしまった背景としては、
・自民党として全面的に支援して府知事に当選した橋下氏が、あまり大義があるように思われない府庁舎移転問題で自民党を裏切って大阪の自民党を分裂させたことに対する憤り
・自分の後継者にと盛り立てていた地元の自民党市会議員が何のあいさつもなく維新に移籍して府会議員に立候補すると表明するに至ったということに対する憤り
があったと思われます(私が直接ご本人から伺った話を振り返るとそのように思われます)。

 そもそも、この市会議員の「裏切り行為」がなければ、元議長は政界を引退するつもりでおられたのです。議長職はその最後の花道であったわけです(引退直前の多数党議員が議長職となるのが慣例だった)。
 しかし、上記の経緯のために出馬せざるを得ず、そして議長職でなければ来ることもなかった新聞記者、とりわけ、朝日新聞の記者が選挙事務所の事務所開きに参加していたところに、橋下氏や後継者にと目していた地元市会議員への遺恨からついつい発することとなってしまったのが上記の言葉だったと思われます。

 このように、いろいろな偶然が重なった上で起きた騒動でした。

 その当時、ご本人、ご家族のご様子をつぶさに観察する位置に私はいたのですが、そのストレスはかなり凄まじいものがありました。マスメディアとマスメディアに煽動された大衆はこうやって政治家を叩きつぶす――政治生命だけでなく、人間としての生命までをも結果的に奪ってしまう――のだな、というのを目の当たりにしたのでした。

 2011年当時、私は大阪市会の自民党議員の方から「政治家は決して割のいい商売じゃない。自己犠牲を覚悟でやらんと、やれん仕事やで」と教わったのですが、この長田元議長の最晩年の顛末を見るにつけ、改めてひしひしと感じたものでした。

 この経験は、私が基本的に他人を批判しない、特に政治家の皆さんを批判しない(党派によらず)という姿勢を取ることとした強力な動機づけの一つとなっています。私は、自分がお世話になった人物が、世間からの途方もないバッシングを受けた後、ひっそりと息を引き取るという一部始終をこの目で直に目撃したのです。いや、「ひっそりと」というのは多少語弊があります。長田元議長のお通夜に数百人にのぼる多数の参列者があったことは、私には救いでした。

 そして結局、2011年の選挙の争点であった府庁舎の移転問題。橋下氏は選挙に勝ったにもかかわらず、結局は府庁者のWTCへの移転を撤回したのです。あの選挙はなんだったのか?あの騒動は何だったのか?てなもんです。

私は、この都構想問題について、かつて、一応は当事者の端くれであったにもかかわらず、最近では一切書いてきませんでした。
 それは一度書き出すと、感情が先走って余計なことを書いてしまい、多方面にご迷惑をかけるなんてことがほんの少しでも絶対にないように、ということからでした。
 なぜ感情が先走ってしまうかって?
 それは、お世話になった人物がこれによって命を落としているからです(と私個人は、そう考えているということです。それが絶対的真実であると断定はできませんが、私にとってはそれが真実です)。


そういったわけで、私は橋下氏にはかなり複雑な感情を持っています。
が、この方の、間違っていたとなればすぱっと謝罪してしまい、許してもらってから次に進むという点など、人間的魅力の高さがあることはそれはそれで率直に認めたい部分もあります。

そして、今回の住民投票後の会見では、橋下氏の話に非常に秀逸と感じた部分があったので以下に引用します(毎日新聞より):

(質疑応答)

−−12月まで市長を続ける。将来、もう一度政治家になる可能性はあるか。

 橋下氏 ないですよそんなの。まず一つは、住民の皆さんの気持ちをくむ。負けるのだったら住民投票をしかけるべきでない。その判断が間違っている。住民の皆さんの考えをくみ取れていなかった。それは政治家として能力が一番欠けているところです。政治家は嫌われちゃいけない。民主主義である以上。僕みたいな政治家が長くやる世の中は危険。みんなから好かれる、敵のいない政治家が本来、政治をやらなければいけない。敵を作る政治家は本当にワンポイントリリーフで、いらなくなれば交代。権力は使い捨てが一番。それが健全な民主主義だ。ぼくみたいな敵をつくる政治家がずっと長くやるなんて世の中にとって害悪。でも8年間、僕みたいなスタイルでやっているのだから、大阪も相当問題を抱えていたのかもしれない。





橋下氏は、ル・ボンの「断言、反覆、感染」のような手法の効果と危険性をよくよく分かった上で意図的に使っていらしたのでしょう。

この橋下氏の発言を読んで頂ければ、私がこれからの長期的活動において「断言、反覆、感染」を使わないということの意味をより一層分かって頂けるのではないかと思います。

とは言え、私自身が政治に直接関わることはありませんが、意図するところは分かって頂けるのではないかと思う次第であります。





というわけで以下、本題です。

前回の続きです。

まず、日銀の最新の株式やREITの購入状況と純資産の状況の確認です:


営業毎旬報告(平成27年5月10日現在)より

資産の部より

 金銭の信託(信託財産株式:従来型の金融機関からの株式購入分)         1.4兆円
 金銭の信託(信託財産指数連動型上場投資信託:株式指数ETF)         4.8兆円
 金銭の信託(信託財産不動産投資信託:REIT)                      0.2兆円

 株式等合計               6.4兆円

負債および純資産の部より
 資本金                                                1億円
 準備金 2.9兆円

 純資産合計               2.9兆円


で、

株式等の合計 6.4兆円 > 純資産合計 2.9兆円

という状況です。ただし、営業旬報には決算書(財務諸表、最新は昨年9月末分)の貸借対照表の資産側にある、「その他資産」、「有形固定資産」、「無形固定資産」の5千億~6千億円程度が含まれません。これらをそのまま足すと、純資産は概ね3.5兆円程度となりますが、それでも「株式等の合計>>純資産」の構図は変わりません。

※ここで株式等の合計6.4兆円という数字のうち、信託財産株式(従来型の金融機関からの株式購入分)1.4兆円が入っています。これは前回書いていた「従来型」の株式購入です。新型の株ETFやリートの購入の合計は前回、7兆円と書いていましたが、正確には5兆円程度でした(訂正します。記憶だけに頼るとやはり不正確ですね^^;。すみません!)


2か月前のエントリーにおいて、市中銀行が債務超過に陥ることを防ぐため工夫として、法律で「株式保有高>自己資本」となるように法律で規制されているという話をしました。こうしておけば、買った株が0円になっても自己資本がゼロ以上に留まるため、銀行が債務超過にならずに済む、ということです。
 一方で日銀は現状、「株式保有高>>自己資本」となっているわけであり、株が暴落し、半値程度以下になった場合、債務超過に陥る可能性があることになります。

 なお、日銀の帳簿上の株やREITの保有高は、時価ではなく、簿価です。厳密には、財務諸表に「株式、指数連動型上場投資信託受益権及び不動産投資法人投資口の評価は、移動平均法による原価法により行っている」とあります。つまり、平たく言えば株やREITは購入コストの合計額が帳簿に載っているということになります。よって、暴落によって半値以下に…という場合は、暴落によって保有時価総額が購入コスト合計額の半値以下に、という意味合いになります。

なお、会計上の細かいことですが、日銀の財務諸表においては、この簿価(購入コスト)を時価が下回ると、その差額につき負債に損失引当金(それぞれ、株式取引損失引当金、指数連動型上場投資信託取引損失引当金及び不動産投資信託取引損失引当金)を計上することとしています。また、時価が簿価に対して「著しく下落(通常、有価証券の場合は簿価の50%以上の下落)」した場合は「減損処理」を行い、引当金を負債に計上するのではなく、簿価そのものを時価評価額に転換します。引当金の計上であれ、減損処理による簿価の書き換えであれ、時価が購入コストを下回った際に純資産が減少する点は同じです。


 しかしながら。

 債務超過になったところで、日銀はいくらでも円を刷れる(実際には紙幣よりは当座預金で対応すると思われるので印刷はせず、帳簿端末のキーボードをかちゃかちゃいじることで円資金を増やせる)ので、債務不履行にはならないのでは?

と思われれるかも知れません。理屈として、それで正しいと思います。しかし、円の為替レートが落ちることは恐らく防げないと思われます。
いや、それでも緩やかに落ちるだけであればそれほど問題は起きません。
問題は急激に円の価値が暴落することです。それは、破綻論者の皆さんがこの数十年の間、愛して止むことのないハイパーインフレかそれに近い状況の到来を意味します。

なお、このような場合において、どれくらいの円レート下落が起きるかは、世界中の著名投資家や大手機関投資家、格付け機関、マスメディアがどれくらい騒ぐかによって変わってくると思います。
 例えば、世界中の株が暴落するという現象が進行し、その中で日銀が債務超過に陥ったとします(若干あり得ない想定とは思いますが、政府や日銀が何らの防護策も取らなかったとして)。ムーディーズやS&Pやフィッチといった格付け機関は、「日銀が債務超過に陥った」という現象について、「いやいや、債務超過になっても日銀はいくらでも円を発行できるのだから債務不履行にならないのだから、何らの問題もないだろう」と見過ごすのであればよいのですが…。しかし、ただでさえ日本国債の格付けを韓国国債より下にしている彼らが、それでは済まさなかったとしても、それほど驚くべき事態ではないでしょう。
 世界中の株価が下落の一途をたどるなか、世界中のマスメディアがある日、「日銀、債務超過」と書き立て、さらに翌日「ムーディーズなど3大格付け機関、日本国債の格付けをAからBBB等に格下げ」と騒ぎ立てた場合、日本円を持っていたいと思う国内外の投資家がどれだけいるだろうか、と考えると、相当な規模の急激な円安が少なくとも一時的には起こり得るということになります。ただし、後で冷静になって考えてみると、日本の莫大な対外純資産が円の暴落によって円建てで急膨張し、そして所得収支が超大幅黒字になっていることに多くの投資家が気づくことになるでしょうが…。



いや、本当にそんなことがあり得るか?

なければ良いですが、もしもあったら、と考えるほうが無難でしょう。

孫子でいうところの「その来たらざるを恃(たの)むことなく、我の以て備えあるを恃む」、平たく言えば、備えあれば憂いなし、ということを、以下の検討における基本方針とします。


1.そもそも、債務超過をもたらすような株価暴落はあり得るか?

前回も書きましたように、株価などの上昇による資産効果により、株価の価値の源泉と言えるGDPが十分に増えるのであれば、株価暴落は原理的に起きないことも考えられます。しかし、過去においてバブルの形成と崩壊は何度も繰り返されているのですから、株価などの上昇による資産効果によって株価が永遠に支えられるとは考えられない、と認識しておくのが無難です。つまり、バブル崩壊は今後も起こり得ると考えたほうが良いでしょう。問題は、日銀の保有株式やREITの時価が自己資本を下回るようになるまでの暴落があり得るか、ということになりますが、ここではあり得ると仮定して、以下、検討を進めましょう。


2.日銀が株価暴落の影響を受けずに済む方法の検討

政治的に可能かどうかを脇におけば、その方法は極めて簡単です。政府が日銀の保有する株やREITなど価値変動の大きい資産を根こそぎ買い取ってしまうことです。全部と言わずとも、「日銀の株式・REITの保有高(簿価)<自己資本」となるくらいまで政府が買い取ってしまえば、どれだけ株が暴落しても日銀が債務超過に陥ることはありません。
 ただし、これを実行した場合、市場関係者に「日本政府は株価暴落があると予想しているらしい」といういらざる憶測を生み、それによって株価暴落の引き起こす可能性は一応は認識しておかなければならないとも思われます。
 もう一つ、仮にこれを実行しようとした場合の最大の制約条件は、「少なくとも数兆円かかる。これ以上国の借金を増やすと財政再建が…」となるかも知れません。しかしながら、これはカネを使うというよりは資産の購入のための新規国債発行ということになりますし、アベノミクスの成功を信じるなら株価は上昇するはずですから、むしろ政府にとって儲かる取引であるはずなので、それほど抵抗感なくできるような気もしますが、どうでしょうか。


※長くなったので次回に続きます。次回は、「日銀の保有株を政府が買い取るという対策ができなかった場合」について検討します。



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653:日銀が株を買うことの簿記3級的な検討

2015/05/11 (Mon) 17:49
本題に入る前に、近年における私の「基本的に誰の批判もしない」という方針について、少々書いておきたいと思います。




【私が混迷を増す世情において穏当な言動を心がけている理由】

私の「基本的に誰の批判もしない」方針は、概ね2012年に出版した『「国の借金」新常識』あたりから始めたものでした。

その後、ユングやフロイトといった心理学者/精神科医らの著書、それらを読んでやっと自分なりに腑の落ちる解釈ができるようになった老子の第二十八章、さらにはルドゥーやダマシオといった脳科学者らの非専門家向けの著作から得られた知見によって、「基本的に誰の批判もしない」方針をより一層強めたのが昨年出版に至った『日本経済のミステリーは心理学で解ける』ということになります。

最近では、この方針により、できるだけ穏当な表現を心がけてきたこともあり、この1、2年はほとんど批判コメント、罵倒コメントを受けることが皆無となっていました。
 ところがつい先日、久方ぶりに凄まじい罵倒コメント、というか「廣宮はバカだ」と連呼するような外部ブログのリンクをコメント欄に頂いたのでありますが、幸いにも、心や脳の仕組みをみっちり研究していた成果がいかんなく発揮されました。


 以前なら「この〇×△♨…!」と死ぬほどブチ切れていた(もし、相手が面前にいれば余りの非礼千万ぶりにつき、机をバンと叩いて「貴様何様のつもりか?まず四の五の言う前に名を名乗らんか!名乗るべき戸籍上の名前すらないのか?どこの馬の骨か?この無礼者が!」と恐らくは怒鳴りつけていたかも知れない)であろうところを、「ああ、これは生物学的に実に興味深い現象だ」と思うだけで済ませられるようになっています。なんと言いますか、今年は5月上旬にしてすでに台風が7つも発生しているという実に興味深い気象現象が起きていますが、それと同じような自然界において十分にあり得る現象、という感じでしょうか。

私はこれまで何度かこのブログで書いていますように、これから世の中は治世に向かうよりは乱世に向かうと見ています。あくまでも個人的には、ですが。
そうすると、誰のことも批判せず、穏当な表現を心がけていても、より頻繁に「アイツはアホだ、バカだ、〇×△だ」と言われてしまうようになる確率が高くなるでしょう。これは私だけでなく、多くの人々がそのような憂き目に遭いやすくなるでしょう。ましてや、日ごろから舌鋒鋭い論評をしていらっしゃる方(特に政治経済関係)は尚更でしょう。私が『日本経済のミステリーは心理学で解ける』をできるだけ早く出版したいと切望したのは、それに対処するための方法論(の一例)をできるだけ早く世に出しておきたかったという点が最大の理由の一つでした。


私自身は『日本経済のミステリーは心理学で解ける』にまとめた方法論を実践することで、以前なら完全にブチ切れていたところを「ブチ切れてもいいし、ブチ切れなくてもいい」というように自分の意志で選択できるようになりました。

私自身は、「基本的に誰の批判もしない」方針をこれからも延々続けるつもりですが、これは別にすべての人がこうあるべきと言っているわけではありません。これはあくまでも私自身の自由意志による私自身の選択です。自分以外の誰かが言っていたからとかそういうことではなく、私自身の選択です。

私は、「何を選択するか」よりは、「自分の意志による選択であるかどうか」のほうが重要であると考えています。私は、私の内部における主権を、可能な限り自分自身で掌握していることが私自身の幸せであると考えます。自分自身の内部における主権の掌握度が高いほど、私の人生における幸福の量が大きくなるのだと考える次第です。

世の中が乱れれば乱れるほどに、周囲からの影響によって一人ひとりの人間の内部における主権が喪失される危険が高まります。最近も某精神科医の方が自己内部における主権の掌握に失敗し、乱れた感情に流されるがままツイッターで失言したことによって社会的評価を著しく落としてしまった模様です。このようなことが、誰にでもあり得るわけであります。

もちろん、過激な言動によって世の中を変えてやろう、というのも一つの選択肢でしょう。
そのためならル・ボンの大衆煽動技法である「断言・反覆・感染」を大いに活用するのも一つの選択肢でしょう。
あるいは、吉田松陰のように、自らの生命と引き換えに井伊大老ら幕府首脳を相手に敢えて過激な発言を行って世の中を根本的に変えてしまう契機を作ってやろう、というのも一つの選択肢と言えます。
 しかし、ここで重要なのは、古典に通暁し、古今の多様な人々の生き死にについて考え抜いていたであろう吉田松陰は、穏当な発言に終始することで刑死を免れることも自らの意志で選べたかも知れないが、恐らくは、自らの意志で刑死されるほうを選んだ、ということではないかと私は想像します。あくまでも自らの自由意思において、であります(但し、もちろんいくら自由意思と言っても、現代においては居住する国の法体系を遵守する範囲内での活動とすることを強力に推奨致します。念のため)

私は自らの自由意思において、「断言・反覆・感染」を使わず、過激な言動を使わず、可能な限り他者を批判することなく、穏当に、時間をかけて、私自身が人類にとって最大の脅威であると考える「『国の借金』への過大な恐怖」と「富を失うことに対する過大な恐怖(=強欲)」を穏当に解消に導いて行くような活動を地道にしていきたいと考える次第です。

これは私が決めることであって、私以外の誰かが決めることでは断固として絶対にあり得ません。ここだけは敢えて断言させて頂きたいと思います。


【私が多角的な視点で考えることを重視することの二つの意義】

世情が混迷の度合いを増し、秩序から無秩序、均衡から不均衡、調和から不調和に向かう中で、私が上記のように穏当な言動を心がけているのは、自分自身や、できれば私の著述物を読む皆様方に、できる限り秩序、均衡、調和をもたらすようでありたいという願望を持っているからです。

それに当たって、私がもう一つ心がけているのは、多角的な視点で考え、多角的な視点を提供するという方針です。
あらゆる科学、経済学などの社会科学も、物理学や化学などの自然科学も、多角的な視点で検討がなされることによって新たな知見が得られ、それによって発展してきたと言えるでしょう。

『日本経済のミステリーは心理学で解ける』では、例えば、スポーツにおけるイメージトレーニングの効果につき、従来の「効果がある」とする多数の研究事例と「効果がない」とする多数の研究事例が示している矛盾につき、「イメージのやり方によって効果が異なる」というアイデアによって統合し、ものの見事にその矛盾を乗り越えたという話を紹介しました。これぞまさに多角的な視点で考えることによって新たな知見が得られ、研究が発展したという好事例と言えるでしょう。

学問や科学の世界のみならず、どのような問題も、問題があるということは何かしらの矛盾があるということであり、それは多角的な視点で考えることによって矛盾を乗り越え、問題の解決に至るということが常道であると思われます。

「多角的な視点で考える」ということの一つ目の意義はこのように、あらゆる種類の発展や問題解決にとって必要不可欠な要素であると考えられること、となります。

二つ目の意義は、多角的な視点で考えるということは、精神が乱れたときに平衡を取り戻したいという場合にも大いに役立つと考えられることです。詳細は『日本経済のミステリーは心理学で解ける』に書いた通りですが、例えば上のほうでも少し書きましたように、心理学とか脳科学とか生物学とか、あるいは、全く別の分野の知見からいま抱えているような問題に比喩的に似ている例え話を引っ張り出せば、より素早く精神の平衡を取り戻せる確率は高まるでしょう。

逆に言えば、多角的な視点で考えることを否定し、放棄するということは、成長すること、発展すること、不均衡に均衡をもたらすことを否定し、放棄することに等しいということになります。
 ある人がそのような方針を採ることと決めたならば、その人は残りの人生における成長、発展を放棄し、精神に不均衡が生じたときも不均衡のまま放置することを決意したに等しく、そのような人物がいたとすれば、残念ながら、私にはそのような方は残りの人生を生ける屍(しかばね)として生きることを決意したように見えます。
 私自身は残りの人生をゾンビのように生きるようなことはしたくないと常々思う次第であります。あくまでも、私自身が私自身の自由意思によってそのような選択をした、ということです。





とまあ、前置きが随分と長くなってしまいましたが、以下、本題です。


久方ぶりに簿記の「仕訳(しわけ)」の登場です。
だいぶ以前に書きましたように、「どのような経済取引も必ず簿記の仕訳で表現できる」という原則があると私は考えているのですが、その原則に従って日銀が株を買う――より具体的には2013年以降の量的緩和における株式指数ETFとREITの買入れ――という話を考えます。
が、その前に日銀の「指数連動型上場投資信託受益権等買入等基本要領」から、概要をかいつまんで述べておきます。


【日銀資料に基づく株式指数ETFやREITの買入れ方式概要】

従前の「株式買入れ」が銀行の保有株のみを対象としていたのと違い、今般の株式指数ETFやREITの買入れは市場から直接買う。ただし、信託銀行に委託する方法は不変。

・株式指数ETFは「東証株価指数(TOPIX)、日経平均株価(日経225)またはJPX日経インデックス400(JPX日経400)に連動するよう運用されるもの」に限定。

・REITは「「適格担保取扱基本要領」(平成12年10月13日付政委第138号別紙1.)に定める適格担保基準を満たすものであること。また、原則として、金融商品取引所において売買の成立した日数が年間200日以上あり、かつ当該金融商品取引所で行われた年間の売買の累計額が200億円以上であること」が条件

まあ、これ以上は長くなるので止めましょう。

一番のポイントは、今般のETFやREITの買入れは、従前の株式買い入れや国債買入れと異なり、日銀が量的緩和で増やした当座預金が、かなり直接的に株を持っている個人や企業のフトコロを潤すような仕組みになっているという点です。


では、以下の図において簿記3級的な仕訳を検討します。



nichigin-buying-stock.png


・上の図において、話を簡単にするため、日銀からETFやREITの買入れを委託される信託銀行や個人株主が売却取引を行う証券会社や売却資金を受け取る預金口座がある銀行は、連結決算としています。ここを個別に検討し出すとあまりにも複雑になるためです。

・言葉でこの一連の過程を説明すると、以下のようになります:

①日銀が日銀における当該銀行の口座の当座預金を増やし、

②それを代金として日銀が株を購入します。

③売主はここでは個人としてますが、別に非金融企業でも構いません。市場=証券取引所で売買するからには、お互いに特定の売主や買主を指定することはありません。証券取引所においては単に売買される銘柄につき、希望する売値と口数、希望する買値と口数を突き合わせて順次取引をさばくだけです。で、売主である個人の手元から保有株が離れて日銀のフトコロに入り、売主の個人は市中銀行や証券会社を介して売却代金を受け取ります。個人は日銀当座預金を直接受け取るわけにはいきませんから、日銀が増やした当座預金を担保として市中銀行がいわば「信用創造」して創出された預金が売主名義の市中銀行口座(あるいは、もう少し間接的には証券会社における売主名義口座のMRF)に振り込まれることとなります。



【マネタリーベースとマネーストックの関係の考察】

若干細かい話になりますが、ここでマネーストック(通貨の流通量)の定義について。
日銀によると、

「マネーストックとは、基本的に、通貨保有主体が保有する通貨量の残高(金融機関や中央政府が保有する預金などは対象外)です。通貨保有主体の範囲は、居住者のうち、一般法人、個人、地方公共団体・地方公営企業が含まれます。このうち一般法人は預金取扱機関、保険会社、政府関係金融機関、証券会社、短資等を除く法人です。」

となります。
分かりやすい日本語に翻訳すると、「マネーストックとは中央銀行、市中銀行、証券会社などの金融機関や中央政府以外の保有者(=通貨保有主体=非金融企業や個人や地方自治体など)が保有する現金や預金」のことになります。

日銀が量的緩和において市場を通じて株式指数ETFやREITを購入するということは、そのETFやREITの売り手が個人や非金融企業などの「通貨保有主体」であるならば、日銀によるマネタリーベースの増加が直接的にマネーストックの増加につながります。

これが、従来の株式買い入れ(銀行保有株式のみの買入れ)や、国債買入れとの大きな違いです。
従来の株式買い入れや、国債買入れでは、日銀がマネタリーベース(当座預金や現金)を増やしてそれを株や国債と交換に銀行に渡すだけです。それだけでは「通貨保有主体」に預金が回りませんから、マネーストックは増えません。増加した日銀当座預金の影響で市中銀行の預金準備率が上昇し、かつ、借入れ金利が低下したことで、市中銀行は企業や個人に事業用資金や住宅ローンなどを新規に貸し付けて初めて信用創造が起こり、マネーストックが増加する、はずです。

一方、しつこいようですが、今般の量的緩和におけるETFやREITの市場からの買入れでは、マネタリーベース増がマネーストック増に直結すると考えられます。

なお、補足事項ですが、従来の株式買い入れや、国債買入れにおいても今回この件を考える上でもう一つのマネーストック増加経路――新規貸付による信用創造以外の経路――があり得ることが分かりました。それは、日銀の国債買入れによって国債の価格上昇=国債の金利低下に伴い、非金融企業や個人が「保有国債の価格が上がり、売ればもうかるので売る」というケースです。間接的ながら、それによってマネタリーベースの増加→通貨保有主体(非金融企業や個人)の預金増加という経路が成立し、マネーストックに参入される通貨量が増加するからです。

下の図は日銀の資金循環統計における、非金融企業(濃い緑)と家計(明るい緑)の国債・財融債残高の推移です(単位は億円。グラフは日銀のデータベースのグラフ機能で作成)。

hikinkigyou+kojin_kokusaihoyuudaka.png

上のグラフにおいて、1マスが5兆円となります。非金融企業はピークから17兆円程度、家計は5兆円程度、合計で22兆円程度の国債保有高減少となっています。日銀が国債を買い増す中で、この22兆円程度の非金融企業や家計の国債保有減少が、銀行の新規貸付なしでマネーストックを増加させている可能性があります。但し、日銀データベースを見ると2008年から現在にかけてマネーストックは150兆円程度増えていますし、家計の国債保有高は08年からはあまり変わっていません。
そうすると、非金融企業の17兆円の保有国債減少と量的緩和によるETFやREITの7兆円程度の買い入れで説明できるのは24兆円程度なので、この08年以来のマネーストックの増加すべてを説明することは出来ません。この辺の詳細はまた追い追い調べてみたいと思います。
少々脱線しましたが、話を元に戻しましょう。



【日銀が市場を通じて株を買うことのメリットとデメリットの検討】

メリット

(1)日銀のマネタリーベースの増加が直接マネーストックの増加につながることによる景気刺激効果が考えられる

(2)日銀の株買いによって、それがなかった場合に比べて株価が上昇し、より高い値段で株を売り抜けた売主たちが実物資産の購入に資金を回すことによる景気刺激効果が考えられる(いわゆる資産効果

(3)株高によって社会全体の気分が高揚し、それによる景気刺激効果が考えられる


デメリット
(1)メリット(1)については、元々株を保有する余裕のある人だけが直接利益を享受すると考えられる(もちろん、年金受給者も年金基金の保有株上昇の恩恵を受ける可能性がある)。そのような株による利益を享受する者と株と無縁な低所得層との資産格差が開く可能性がある。また、株を売ってもうけた人は余裕資金が増えたことによりその資金の一部または全部をよりリスクの高い金融商品の購入に充てることでバブルの助長や金融の不安定化を増大させる可能性があり得る(『「国の借金」新常識」で取り上げた国連報告書に書いてあるメカニズム)

(2)メリット(2)については、株でもうけたおカネが実物資産の購入に回るとは限らないという弱点があり得る。これは減税や社会保障における現金給付と同じ弱点。公共工事や社会保障の現物給付と比べると乗数効果は低くなると考えられる。とはいうものの一応は、「国の借金」を増やさないというメリットはあるとは言えるが。

(3)メリット(2)の資産効果やメリット(3)の気分高揚による景気刺激効果は、永続性が残念ながら疑わしい。株や不動産が値上がりを続ければそれによって十分なだけGDPが増え続けるとは限らない。もしそれでGDPが十分に増え続けるのであれば、過去の市場経済において繰り返し起きているバブルの形成と崩壊は説明が付かない。仮に当局者が「いや、今回は過去とは違うので絶対にバブルの形成と崩壊は起こらない」と100%信じているとしても、万が一にバブル崩壊が起こったときに備えて対応策のシミュレーションは十全に行っておくのが妥当であると言える(ただし、そのようなシミュレーションの実施を世間に公表すべきかどうかは別問題)。


以上、日銀が市場を通じて株を買うことのメリットとデメリットにつき、できるだけ感情抜きにして機械的に私が思いつく限りのことを書き出すに留めておきます。というのは、私はここで誰かを非難する意図を全く持たないからです。これは、当エントリーの冒頭に述べたように、私自身の自由意思による選択であります。

次回は仮に株が暴落したときのシミュレーションと言いますか、対応策(のあり得る選択肢)について検討してみたいと思います。

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