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廣宮孝信 ひろみやよしのぶ

Author:廣宮孝信 ひろみやよしのぶ
工学修士(大阪大学)、都市情報学博士(名城大学)。
2009年、著書「国債を刷れ!」で「政府のみならず民間を合わせた国全体の連結貸借対照表(国家のバランスシート)」を世に送り出した経済評論家、"国家破綻セラピスト"です。
「アイスランドは財政黒字なのに破綻!」、「日本とドイツは『破綻』後50年で世界で最も繁栄した」--財政赤字や政府債務GDP比は、国家経済の本質的問題では全くありません!
モノは有限、カネは無限。国家・国民の永続的繁栄に必要なのは、国の借金を減らすとかそんなことでは全くなく、いかにモノを確保するか。モノを確保し続けるための技術投資こそがカギ。技術立国という言葉は伊達にあるわけではなく、カネとか国の借金はそのための手段、道具、方便に過ぎません。
このように「モノを中心に考える」ことで、国の借金に対する悲観的常識を根こそぎ打ち破り、将来への希望と展望を見出すための”物流中心主義”の経済観を展開しております。”技術立国・日本”が世界を救う!
 お問い合わせは当ブログのメールフォーム(下の方にあります)やコメント欄(内緒設定もご利用ください)や、ツイッターのダイレクトメッセージをご利用ください。

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139:おカネの起源

2009/07/18 (Sat) 11:20
http://x6.cho-chin.com/bin/ll?081850800
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http://ecx.images-amazon.com/images/I/51iN5BfVzDL._SL500_SS75_.jpg

「国債を刷れ!」好評発売中です。ご購入は↓こちらをクリック    http://www.amazon.co.jp/gp/product/4883926788



まず最初に、

「成りすましコメント」をされている方への友愛メッセージです:

いくら名前を変えてもバッチリIPアドレスも把握していますよ~^^




おカネの起源の話です。

中国では、3000年くらい前の商王朝最後の王、紂王の時代に、
巨大な穀物倉庫に蓄えられた穀物を裏づけにした、貝殻を貨幣としたのが始まりと言う話は前にも書きましたが、

今日は、日本のおカネの起源のお話です。

貨幣に関しては、全般的な話は↓Wikipediaでよくまとめられています
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B2%A8%E5%B9%A3

そして、Wikiでは、日本の貨幣の始まりは西暦708年の「和同開珎」と位置づけた説明がなされているのですが、

日銀の金融研究所HP、「貨幣の散歩道」の第1話
http://www.imes.boj.or.jp/cm/htmls/feature_01.htm

では、↓こんな話が書いてあります。

いきなりで恐縮ながら、問題をひとつ。

日本における最初の貨幣は何だったのであろうか。

「和同開珎」と答えた人が多いのではないか。

しかし、近年、青森県で発掘された三内丸山遺跡は、

「縄文人は主として狩猟で生計を立てていた」という定説を覆しただけでなく、

縄文時代から貨幣を媒介とした財物の交換が広く行われていたことを示唆している。

当時は、矢じり、稲や布帛(ふはく)など、社会のなかで交換価値が高いと認められた財物が、

一般受容性をもった物品貨幣として機能していたのである。


縄文時代というと…、ネットで検索してみますと、

3000年くらい前まで、とか、2300年くらい前までの時代のようですね。

いずれにしても、ルー大柴風にいうと、

ロング ロング タイム アゴー

となるわけですが、

もしかしたら、
意外と、商の紂王以前の時代から、日本でも貨幣チックなもの
物々交換の仲介をなすものが存在していたかもしれない、

というわけです。


さて、
この「貨幣の散歩道 第1話」の最後の結びの部分非常に秀逸と感じましたので引用してみます。
このように日本の貨幣は、非常に古い歴史を有している。

また、われわれが現在使っている金融用語も、為替や手形、寄り付きなど、その由来が中世(廣宮注:西洋ではなく、日本の中世ですね)の金融取引にさかのぼれるものが少なくない


しかし、金融論のテキストの貨幣・金融史の項をひも解いてみても、

イギリスにおける銀行券あるいは商業銀行の発達史が述べられるにとどまり

わが国の貨幣・金融史について顧みられることはほとんどない

これからしばらくの間、日本の貨幣・金融の歴史を振り返り、「貨幣とは何か」を改めて考えることにしたい


この貨幣の散歩道は非常に勉強になります。

ちなみに、「国債を刷れ!」では「第27話 米将軍吉宗と元文の改鋳」を引用させていただきました。

暴れん坊将軍による、金融緩和+財政出動(ばらまき)を用いたデフレ不況の克服のお話です。

これは、
「貨幣の散歩道」の中では、金融政策(リフレ政策)ということに力点が置かれていましたが、

「小判を1枚持ってきたヤツには、もれなく小判 1.6枚くれてやる」という、

いわば、定額給付金ではなくて「金融資産比例給付金」、金持ちブルジョワ優遇給付金、と言えますから、やはり、モロに財政政策でもあるわけです。


「それにしても、縄文時代から日本にも『おカネ』があったという話には驚き桃の木山椒の木 @0@。 西洋中心の金融史観に一石を投じようとする、日銀金融研究所の心意気に一票!」と思われた方は、↓下のリンクのクリックをお願い致しますm(_ _)m

http://blog.with2.net/in.php?751771

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