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廣宮孝信 ひろみやよしのぶ

Author:廣宮孝信 ひろみやよしのぶ
工学修士(大阪大学)、都市情報学博士(名城大学)。
2009年、著書「国債を刷れ!」で「政府のみならず民間を合わせた国全体の連結貸借対照表(国家のバランスシート)」を世に送り出した経済評論家、"国家破綻セラピスト"です。
「アイスランドは財政黒字なのに破綻!」、「日本とドイツは『破綻』後50年で世界で最も繁栄した」--財政赤字や政府債務GDP比は、国家経済の本質的問題では全くありません!
モノは有限、カネは無限。国家・国民の永続的繁栄に必要なのは、国の借金を減らすとかそんなことでは全くなく、いかにモノを確保するか。モノを確保し続けるための技術投資こそがカギ。技術立国という言葉は伊達にあるわけではなく、カネとか国の借金はそのための手段、道具、方便に過ぎません。
このように「モノを中心に考える」ことで、国の借金に対する悲観的常識を根こそぎ打ち破り、将来への希望と展望を見出すための”物流中心主義”の経済観を展開しております。”技術立国・日本”が世界を救う!
 お問い合わせは当ブログのメールフォーム(下の方にあります)やコメント欄(内緒設定もご利用ください)や、ツイッターのダイレクトメッセージをご利用ください。

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15:私益と公益を一致させる

2010/03/17 (Wed) 12:59
http://x6.cho-chin.com/bin/ll?081850800
アクセス解析


↓ツイッター始めました
https://twitter.com/YNHiromiya



好評発売中: 「さらば、デフレ不況」

http://bit.ly/aSelfc

アマゾンでのご購入は こちらをクリック






このところブログの更新があまり出来ていませんが、

政治団体の会計っていうのは企業会計と違うところが多過ぎまして。

ちょっとした経費の処理についてもあれやこれやと調べたり、詳しい人に教わったりなどなど。


とりあえず政治資金規正法絡みで会計帳簿や収支報告書関係は本を二冊読んで、一通り概略はつかんだのですが、

私の知り合いの税理士さん曰くは

「政治資金規正法よりも公職選挙法の方がきついから、ちゃんと勉強しときやー」

ということで、今から勉強を始めようとしているところです。



昨日、本屋さんで立ち読みしてたら、例えば、選挙期間中の

「選挙運動員」は選管に登録し、報酬を払ってはいけないが、弁当代などは出せる

「労務者」は報酬を払っても良い(日額1万円まで)が、弁当代は出せない

とか、

労務者はポスターを張る場所を自分で考えてもいけない。言われたとおりの仕事をするだけでなければならない。

とか、

些細なことが「買収」と見なされるケースもある

とか

これやれば禁固刑

とか

いろいろ書いてあって、少し読んだだけで立ちくらみがしてしまいました^^;


正直、訳わかんないので4冊ほど買い込んだのですが、追々ゆっくり読んで勉強しつつ、きっと読んだだけでは空知識でしかないので、詳しい方に教えてもらいつつ、という感じになろうかと思います。


あ、ところで、ちなみにですが、

私、この関係では報酬は頂いておりません。ボランティアです。


なお、後援会とは別に「政党支部」があるのですが、そちらの会計責任者となっております。

「会計責任者」というのは、万一のときは禁固刑があるので、前出の税理士さんは「カネもらっても割に合わんから絶対に引き受けん」と言っているようなお仕事なのですが、


三橋さんからお電話でその話を頂いたときは、正直迷いました。


といっても3秒だけですが(笑)


3秒だけ迷って、「分かりました。私も腹くくりましょう」とお答えしました。


逆に言えば、

引き受け手を捜すのが難しい仕事であるからこそ、自分が引き受けんとあかんやろと思ったので3秒で決めたのですが。


もちろんそれだけでなく、こんな面白い出来事に引き込んでもらってる時点でありがたいと思っているということもあります。


と言いつつ、タダでこれを引き受けている私は我ながらかなりの酔狂だと思いますが、引き受けた以上は責任を全うすべく、頑張って参りたいと思います。


私自身、「【魅惑の刑務所1年間の旅】にご招待♪」というのは願い下げでありますので!




という話の流れで、今日は経済の話は離れて、哲学的なお話をば。


当ブログで何度か紹介させて頂いている歴史作家の

宮城谷昌光さん

の作品から学んだことです。



ちなみに、宮城谷さんについては、「さらば、デフレ不況」の中でも

中国史上最初に通貨を出現させた商の紂(ちゅう)王

のくだりで引用させて頂きました。


ちょっと脱線しますが、私の2冊の本では、かなり意図的に歴史小説や「孫子」の引用をしています。

というのは、

読者の皆さんには長い時間軸の中で経済について考えて頂くきっかけになれば、という意図があるからです。


これと、諸外国のデータや事例を並べることで、

時間軸、空間軸

の二点においてより立体的に経済問題について捉えて頂けるのではないかという意図です。



昔、会社勤めをしていたときは、上司や先輩とよく歴史談義をしていたのですが、

飲み会帰りの電車の中で、部長さんに「現代日本だけを見ていては、物事を平坦にしか捉えることができず、立体的にみることが出来ないと思うんです」というような話をしたら

「確かに。そいういった時間軸と、それに空間的な広がりの中で見んとあかんな」

と返して下さったのが、いまでも印象に残っています。



さて、宮城谷作品の話に戻ります。


読者の皆さんは

積善の徳の余慶が子孫に及ぶ


という言い方をご存知でしょうか。


「自分の行いというのは、子や孫に有形・無形に甚大な影響を及ぼす」というような意味合いです。


多分に儒教的な発想だと思われます(もしかしたら、仏教的でもあるかも知れませんが)。



宮城谷さんの作品では、必ずと言って良いほど

ある人の行いが、その子孫に及ぼす影響

についての記述が出て来ます。



例えば、

ある有力な家の当主がいて、

傲岸不遜、冷酷無比で、政敵を次から次へと理不尽な理由で殺しまくり…

という不徳な行いを積み重ねたとします。


本人は幸せのうちに家族に囲まれながら天寿を全うしたのですが、

その孫の代になって一族皆殺しの目に遭う。

しかも、その孫は人格に優れ、多くの人から慕われていたにも関わらず、です。



あるいは、

一族がほぼ皆殺しとなり、赤ん坊一人がたまたま生き残って、その赤ん坊はその祖父の恩顧を受けた旧臣に命懸けで守られた結果生き残って家を再興し、その子孫がのちのち大国の君主の座に収まるまでになる。


というような事例が沢山出て来ます。


あるいは、

秦の公室(のち王室)は、「天子」たる周王しか祀ってはいけない天を、密かに祀り続けていたというお話。「天を祀る」というのは、もちろん、天下統一の志を持っていたということです。

これが800年、受け継がれました。

800年の後、始皇帝によってその父祖累代の野望は達成されるのですが、始皇帝の目に余る不徳な行いが祟り、帝国成立後わずか15年で滅亡してしまいます。


宮城谷さんの作品(どの作品か忘れましたが)で、この話を読んだとき、

【「家」というのはこのようなものか】

と感嘆を禁じ得なかったのですが、日本の歴史にも似たような話があります。


吉川英治さんの「私本太平記」に出てくる足利家の話です。


八幡太郎義家の子で、足利家の始祖・義国がこんな置手紙を遺していたというお話です。

七代の孫、かならず天下をとり、時の悪政を正し、また大いに家名をかがやかさん
(「私本太平記」文庫版(一)p.166)


ここで、「七代」というのは本人を含めて七代目という数え方なのですが、

その「七代の孫」にあたる家時は自分の代ではできそうにないと思い詰め、

われより三代の後の子に嘱す

と遺言して切腹してしまいます。


そして、

その「三代の後の子(=孫)」が室町幕府初代将軍、

足利尊氏

というわけです。



三河松平家も三河の国で勢力を張り始めてから家康を輩出するまで七代かかっていますが、

家というものはそういうものではないかしら、
大事を為すにはそれくらいの時間スケールが必要なのではないかしら

というのが私個人の認識です。


信長があれだけの仕事を為せたのは、織田家の父祖累代の積み重ねである家産と家臣団を最大限活用したからであるし、

秀吉の天下取りは一代と言えども、結局は織田家の家産と家臣団を引き継いだから出来たのであって、累代の積み重ねが無かったがゆえに政権基盤は脆弱にならざるを得ませんでした。




ちょっと脱線してしまいましたが、

究極の私益というものは、

家の存続と繁栄

であるというのが私の個人的認識です。


さて、

家の存続と繁栄を確保

するには、上記の「一族皆殺し」の事例を踏まえればもちろん、


「積善の徳」、つまり、徳を積み続けることが基本であるということになります。


それともう一つの基本中の基本は

家の存続と繁栄は、国家の存続と繁栄なくしてあり得ない

ということです。


つまり、

家の存続と繁栄

という究極の私益を追求するためには、

・基本的に、悪いことはできない

・公益に反することをしてはいけない(国家の存続と繁栄なくして、家の存続と繁栄はあり得ないので)

という理屈になります。




ただ、この文脈で考えると、例外はやはりあります。

私の中でその最たるものは、坂本龍馬の坂本家です。


龍馬の死後、龍馬の坂本家は甥に当たる方が継ぎましたが、その甥の方も子ができず、坂本家は断絶してしまいます。

公益に尽くしたはずの龍馬の坂本家において、残念ながら「家の存続と繁栄」が無かったわけです。


しかし、

龍馬の名は多くの日本人の中で永遠に生き続けるであろうことを考えれば、

これはこれで「究極の私益」に該当するのではないかとも思うのです。




例え子孫を為さなかったとしても、例え龍馬ほどには名を成すことがなかったとしても、

お寺屋さんで永代供養してもらおうと思えば、やはり国家の存続と繁栄は必要ですね。




ところで、

よく、「既得権益」を持っているとされている方が批判の的にされます。

仮に、
「既得権益」を持っている方がいらっしゃるとして、

そのような方には、私はこのように申し上げたいと思います。


究極の私益とは何か、ということを突き詰めて考えて頂き、私益と公益を一致させるように折り合いをつける工夫をして頂きたい。

利益を独占し過ぎることなく、徳を積み、公益と「積善の徳の余慶が子孫に及ぶ」ということを、是非とも両立させて頂きたい。

それこそが結局は私益を極大化することになるという認識を持って頂きたい。


「【積善の徳の余慶が子孫に及ぶ】、【私益を突き詰めれば究極的には公益と一致する】 という考え方もありか」 と思われた方は、↓下のリンクのクリックをお願いいたしますm(_ _)m

http://blog.with2.net/in.php?751771



☆アンチ対策に役立つ【反「国家破産」的マスコミ記事】はこちら

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