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廣宮孝信 ひろみやよしのぶ

Author:廣宮孝信 ひろみやよしのぶ
工学修士(大阪大学)、都市情報学博士(名城大学)。
2009年、著書「国債を刷れ!」で「政府のみならず民間を合わせた国全体の連結貸借対照表(国家のバランスシート)」を世に送り出した経済評論家、"国家破綻セラピスト"です。
「アイスランドは財政黒字なのに破綻!」、「日本とドイツは『破綻』後50年で世界で最も繁栄した」--財政赤字や政府債務GDP比は、国家経済の本質的問題では全くありません!
モノは有限、カネは無限。国家・国民の永続的繁栄に必要なのは、国の借金を減らすとかそんなことでは全くなく、いかにモノを確保するか。モノを確保し続けるための技術投資こそがカギ。技術立国という言葉は伊達にあるわけではなく、カネとか国の借金はそのための手段、道具、方便に過ぎません。
このように「モノを中心に考える」ことで、国の借金に対する悲観的常識を根こそぎ打ち破り、将来への希望と展望を見出すための”物流中心主義”の経済観を展開しております。”技術立国・日本”が世界を救う!
 お問い合わせは当ブログのメールフォーム(下の方にあります)やコメント欄(内緒設定もご利用ください)や、ツイッターのダイレクトメッセージをご利用ください。

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156:国の借金の限界は?【2】

2009/06/27 (Sat) 19:00


3000年くらい前までは、

例えば、中国では、商王朝最後の王である「紂(ちゅう)王」の時代に、
巨大倉庫に積み上げられた穀物を裏づけとして貝殻を貨幣とするまでは、

そもそもおカネそのものが存在していません

(余談ですが、最初のおカネが貝だったからこそ、
 財、貴、貯、買といった、おカネ関係の漢字には、貝が付いているわけです)


その紂王以前の時代にはおカネが存在しないので、当然、金融資産も負債も存在しません

そして、

物々交換で経済が回っていたわけです。


それを思えば、おカネや借金というのは、マクロで考えれば幻想でしかありません。


おカネというものは、皆が価値があると思うから価値があるだけです(もちろん、ミクロでは住宅ローンなどの借金は、現実のものとして考えなければ痛い目に遭います。念のため)。

そして、
その前提がなければ、借金というものにも意味が出てきません


おカネの価値というのは、あくまでもモノ・サービスといつでも交換できるという確証を持っているからこそのものです。

国にとって重要なのは、いま金融資産がいくらあるか、とか、借金がいくらとかではありません。

重要なのは、モノ・サービスを供給する力、いわば、

「物々交換能力」

とでも言うべきものです。


日本は、基本的に輸入より輸出の方が多いわけです。

つまり、輸入するモノより輸出するモノの価値の方が高いわけです。

ということは、日本は他国より相対的に物々交換能力で優位に立っているということになります。


そして、
日本は世界屈指のデフレ状態、つまり、供給力過剰状態ですから、物々交換力が有り余って使い切れていない状態ということになります。

その余っている「物々交換力」を解き放つためには、需要を増やせば良いだけです。

その手段として、無から有を生じる、ハンドパワー、信用創造でおカネを増やし、政府が財政出動(支出増加or減税)すれば良いだけということなのです。



国の借金には上限があるという事実無根の風説を信じて、

「これ以上国は借金できない、これ以上福祉は増やせない、これ以上国は有効な景気対策や技術投資が出来ない」と思い込むのは、

まるで、

国民が、本来は取るに足りない存在でしかない「国の借金」の「奴隷」になっているようなものです。



国の借金は、単なる道具、手段、方便に過ぎません。

我々国民こそが「国の借金」の「主人」であり、国の借金は、我々の「奴隷」に過ぎないのです。

ここを間違ってはいけません!

政府がやるべきは、その奴隷たる「国の借金」を適切に使いこなし
国全体の「物々交換能力」を将来にわたって維持向上し、
国民生活に必要なモノやサービスを供給し続ける力を千代に八千代に維持向上することです。


エイブラハム・リンカーンが戦争までして「奴隷解放宣言」を出してからもう150年くらい経っているというのに…

「いまさら『国の借金』という、信用創造の仕組みを考えたら、実体すらないような蜃気楼のようなものの奴隷のように生きさせられるなんて、まっぴら御免! 今必要なのは、【第二次 奴隷解放宣言】だ!」と思われた方は、↓下のリンクのクリックをお願い致しますm(_ _)m

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