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廣宮孝信 ひろみやよしのぶ

Author:廣宮孝信 ひろみやよしのぶ
工学修士(大阪大学)、都市情報学博士(名城大学)。
2009年、著書「国債を刷れ!」で「政府のみならず民間を合わせた国全体の連結貸借対照表(国家のバランスシート)」を世に送り出した経済評論家、"国家破綻セラピスト"です。
「アイスランドは財政黒字なのに破綻!」、「日本とドイツは『破綻』後50年で世界で最も繁栄した」--財政赤字や政府債務GDP比は、国家経済の本質的問題では全くありません!
モノは有限、カネは無限。国家・国民の永続的繁栄に必要なのは、国の借金を減らすとかそんなことでは全くなく、いかにモノを確保するか。モノを確保し続けるための技術投資こそがカギ。技術立国という言葉は伊達にあるわけではなく、カネとか国の借金はそのための手段、道具、方便に過ぎません。
このように「モノを中心に考える」ことで、国の借金に対する悲観的常識を根こそぎ打ち破り、将来への希望と展望を見出すための”物流中心主義”の経済観を展開しております。”技術立国・日本”が世界を救う!
 お問い合わせは当ブログのメールフォーム(下の方にあります)やコメント欄(内緒設定もご利用ください)や、ツイッターのダイレクトメッセージをご利用ください。

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267:幕府滅亡の背景の考察【1】

2009/03/04 (Wed) 01:10
「国債を刷れ!」p.88幕府滅亡について次のようなことを書きましたが、今回はその補足です…
幕府が倒れたのは財政破綻が原因ではない。諸外国との技術格差が原因で倒れたのである。

(幕府を創始した家康は)身分の固定制度によって政治体制を安定させ、
技術の固定によって世の中の土台をゆさぶる経済上の力を封じ、さらには'徳川家をおびやかす軍事勢力の出現の可能性を封じた。(司馬遼太郎作「城塞」(文庫版)下巻からの引用)

この幕府開祖の驚異的なほどの保守的思想も、幕末には機能しなくなったのである。

圧倒的な軍事技術を持つ欧米列強の開国要求幕府の権威を失墜させ、イギリスから最新鋭の兵器を買い入れた薩長幕府を政権から引きずりおろしたのだ。

幕府の命運を断ち切ったのは欧米との技術格差であって財政破綻ではない

ここで、

もし、幕府が通貨をじゃんじゃん増発し、通貨発行益を使ってどんどん欧米から最新式兵器を買い込むことができれば、あるいは、薩長に倒されずに済んだのではないだろうか?

という仮定について考えてみたいと思います。

結論から言うと、恐らくは出来なかったのではなかろうかと、私は思います。

当時の中央政府たる幕府の主力通貨は金貨(小判)でした。

もし、通貨を大量に増発しようとすると、「国債を刷れ!」でも紹介した八代将軍がやったように金の含有量を減らさざるを得なかったでしょう。

ということは、この増発された通貨の価値は、

発行主体たる幕府の信用力によって決まる

と考えられます。

では、その幕府の信用力はいかに?

政府の信用力というのは、恐らく、次のような要因で決まるのではないでしょうか:
(1)国全体の生産供給力(物やサービスを提供する能力)
(2)政治的安定

(1)については、
幕府支配下の日本では、工業生産能力は、欧米とは比べるべくもなく、あまりにも遅れを取っていました。

ただし、これは、基本的には、開祖家康の超保守思想により、

・身分の高い、少数の人間の中でしか人材が活用されなかった
 (より広い「人材の海」からの活用ができずじまい

・そもそも、新規の技術開発・発明などは基本的には奨励されなかった

ことにより、日本の持つ潜在能力が引き出されない状態が続いていたから、と考えられます。


(2)については、
まず、長州に、そしてその後は薩長同盟軍による大規模な反乱を起こされてしまうくらいですから、
政治的安定など皆無です。

ということで、幕府が通貨を増発しても、海外から信用される価値を持ち得なかったと考えられます。

でありますので、

ペリー来航⇒幕府の弱腰外交⇒幕府の信用失墜&幕府への批判の高まり(攘夷運動の活発化)
幕府による攘夷運動の弾圧(安政の大獄)⇒信用失墜があったところへ、弾圧された側の怒り爆発
⇒倒幕運動の盛り上がり…

の中では、
幕府滅亡のキーポイント

①ペリー来航⇒技術格差を目の当たりにして国中が動揺(倒幕へ至る道のきっかけ)

②安政の大獄⇒倒幕への駄目押し(決定的要因)

二つではなかったかと考えられます。


2500年前、中国春秋時代のと言う国の宰相子産という人物がいました。

子産は宰相となったとき、急進な改革を推し進めようとしたため、舌鋒鋭く批判する人たちがいました。あまりにもうるさいので、配下の者が批判勢力を取り締まるよう進言しました。

しかし、子産は
「そういった声は消せるものではない。無理に押さえ込むと、却って力が増幅して、やがて大変な結果を招くことになるだろう。だから、言いたいことを言わせておくのが良い」
と言って、一切取り締まりませんでした

やがて、子産の改革が目に見えて国民を富ませるようになるにつれ、そのような批判の声は自然になくなって行ったと言います
(子産については、宮城谷昌光さんの「子産」参照)

井伊直弼は、残念ながら、2500年前の故事にならわなかったようですね。


そして、もう一つ見逃せないのは、当時のイギリスのアジア戦略がどのようなものだったか、です。
続編はこちら⇒http://blogs.yahoo.co.jp/eishintradejp/11720635.html

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