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廣宮孝信 ひろみやよしのぶ

Author:廣宮孝信 ひろみやよしのぶ
工学修士(大阪大学)、都市情報学博士(名城大学)。
2009年、著書「国債を刷れ!」で「政府のみならず民間を合わせた国全体の連結貸借対照表(国家のバランスシート)」を世に送り出した経済評論家、"国家破綻セラピスト"です。
「アイスランドは財政黒字なのに破綻!」、「日本とドイツは『破綻』後50年で世界で最も繁栄した」--財政赤字や政府債務GDP比は、国家経済の本質的問題では全くありません!
モノは有限、カネは無限。国家・国民の永続的繁栄に必要なのは、国の借金を減らすとかそんなことでは全くなく、いかにモノを確保するか。モノを確保し続けるための技術投資こそがカギ。技術立国という言葉は伊達にあるわけではなく、カネとか国の借金はそのための手段、道具、方便に過ぎません。
このように「モノを中心に考える」ことで、国の借金に対する悲観的常識を根こそぎ打ち破り、将来への希望と展望を見出すための”物流中心主義”の経済観を展開しております。”技術立国・日本”が世界を救う!
 お問い合わせは当ブログのメールフォーム(下の方にあります)やコメント欄(内緒設定もご利用ください)や、ツイッターのダイレクトメッセージをご利用ください。

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599:「国の借金」論に対する新しいアプローチの提言(前回エントリーの補足です)

2014/01/05 (Sun) 18:32
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前回のエントリーのコメントを読ませて頂いた後で少々思いついたことがあるので、書いてみたいと思います。
(コメントを頂きました皆様、ありがとうございました!)

4年前、私が最初の本「国債を刷れ」を出版した直後、次のような感想を言って下さった方がいました。
「いままで、長年の友人から国の借金は問題ないと言われ続けてもなかなか分からりませんでした。しかし、あなたの本のおかげで、日本の国の借金が大丈夫というのは、半分だけ納得できたように感じています」。

半分だけ、というのが象徴的であるように思います。
恐らくは、理屈では分かったけど、感情的にまだ納得しきれていない、ということだったのでしょう。

あるいは、私の古くからの知人の場合。
私が直接何度も話したし、私の本も2、3冊読んでくれているのですが、少し時間が経ってから他の人の破綻論を聞くと、すぐに元に戻ってしまっていました。
このケースから想像されるのは、「ある人が表面的には一時的に納得していても、その人の心の中にある一部の派閥だけが納得しているだけであり、その人の無意識の中にいる別の派閥は必ずしも納得していなかった」という構図の存在です。

ユング風に言えば、思考機能(論理的思考機能)と感情機能の強弱は、人によって違います。
思考機能が優位な人の場合は一旦理論的に納得したら、ほとんど生涯その考えを通すかもしれません。
一方で、思考機能よりも感情機能が優位な人の場合は、恐らく、そうはならないものと思われます。

なお、ここで注意事項ですが、感情機能が優位とか思考機能が優位とかで、どちらが人間として優れているとか劣っているということは無いものと思います。
それぞれの人で、それぞれの良さがあるし、欠点もあるでしょうし、さまざまな人がいることで世の中はうまく機能するし、多様性が保たれるのだと思います。

そういうようなわけですので、仮に「完璧に理論的に正しい」考えがあったとしても、それを多くの人がすぐに理解して、それが一般的価値観として定着するとは限らないことになります。
というよりは、多くの人々にとって感情的に納得のいかないような思想は、定着することは無い、というくらいに思った方が良いのではないかと、とも考える次第です。

そのようなことを、心理学についていろいろ調査検討しているうちに、私は、「国の借金」問題について、理論的な面だけでなく、感情的な面も検討する必要があると考えるに至った次第です。


もう一つダメ押ししておきますと、こんな「国の借金」の話は、日本においては80年も前に高橋是清が著書で「経済はカネではなく、モノだ」と書いた時点で、とっくの昔に理論的にはクリアしているはずなのです。いや、もちろん、「国の借金ダメだ派の皆さんにとっては決してクリアになっているわけではないと思われますし、それもまた正しいのだと、現在の私は考えますが!

いや、話を元に戻しますと、高橋是清によってとっくの昔に「理論的に」クリアになっているはず、なのに、いまだに現在のようなありさま--たとえば、昨年の参院選の討論会では、すべての党の出席者が「国の借金が問題だ」と発言していたような状態--であるということには、やはり、「理論的に正しい」というだけではダメだということを示しているように思われます。

また、仮にマスコミの皆さんがこぞって、今とは正反対に、連日連夜「国の借金は大丈夫です」と喧伝するようになったとします。
それで仮に日本国民全体が何となく「国の借金大丈夫だ」派になれたとします。それで万事うまくいくでしょうか?
恐らくうまくいかないのではないかと思います。
100年後に再びマスコミが「国の借金もうダメだ」とやり始めたとしたらどうなるでしょう?結局はまたもや「国の借金もうダメだ」派が主流派に戻ることになるものと思われます。 それはつまり、根本的に納得していないからだ、ということになろうかと思います。根本的な納得には必ず、理論だけでなく感情の面でも納得している必要があるように思うのです。

こう考えると、今のうちから「国の借金」に関する、意識的な理論面だけでなく、無意識的な感情面にも踏み込んで検討しておくことが必要不可欠なのではないかと考える次第です。


ところで私はこれまで、マクロ経済を考えるときに、ブログや著書で「世界全体=私+私以外の世界全体」という枠組みで考えることを提唱してきました。「私の金銭的支出=私以外の世界全体の金銭的収入」というカネ勘定の話です。
これに加えて、「世界全体=私+私以外の世界全体」という枠組みで、「自分とは正反対の考え方の人々、あるいは、自分には全く理解不能と感じるような考え方の人々」の考えを、少なくとも、「その考えが存在すること自体は肯定する」というスタイルを今回新たに提言しているわけです。

「自分とは正反対の考え方の人々、あるいは、自分には全く理解不能と感じるような考え方の人々」というのは、いわば、「自分」の否定形です。

「自分」の否定形とは、すなわち、「自分以外の世界全体」です。

というわけで、
「世界全体=自分+自分の否定形」
ということになります。

そして、私は次のように考えます:
「国の借金」問題の根本解決のためには、自分の立場だけでなく、自分の否定形の立場の考えを、理論的にも、感情的にも理解したうえで、両者が双方とも、互いの立場や考えについて理論的にも感情的にも納得できるような方向性を見出さなければならないのではないか。そろそろそのような時期に差し掛かっているのではないか。
近頃は、そのように感じる次第です。

私は、個人的にはとくに感情面に力点を置きたいと思います。というのは、感情機能のほうが、進化の過程では思考機能よりも先に獲得した機能であり、生物としての人間にとって、より強大な影響力を持つものと考えるからです。

というわけで、以上、「自分」と「自分の否定形」の両方ともをうまく治めることで、「天下の谷(=この世のすべてを収納するほどの巨大な器)」を目指しましょう、という老子スタイルのご提案であります。




 『老子スタイル』も

 良いかもしれんな。

 アメリカで少し前に流行ったらしい、

 『江〇スタイル』

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コメント

1327:感情もそうですが

「理論」よりも「感情」、というのはその通りなのですが、それに加えて、三橋さんもおっしゃる通り「繰り返す」が重要だと思います。たとえば

>ところで私はこれまで、マクロ経済を考えるときに、ブログや著書で「世界全体=私+私以外の世界全体」という枠組みで考えることを提唱してきました。

と、書かれていますが、私のように「国債を刷れ!」のころからすべてのエントリーに(「流しながら」ではありあますが)目を通している者にとってさえ、「そんなこと言ってた?」と思ってしまいました。

何度も繰り返し、「(頭の中に、あるいは心の中にといってもいいかも)定着させる」のが重要だと思います。

すでに廣宮さんにとっては自明のことであっても、他人にとっては何度も言われないと自明にはならないと思いました。

同様に、確かに理論的には廣宮さんの提唱された理論はものすごい価値を世の中に与えたと思いますが、やはり世の中理屈だけでは動かないので、ちゃんとマーケティングしないと寄付は集まらないと思います(スミマセン…でも応援してます!)。

2014/01/06 01:43 | Q.Z. #U7YB6WGo URL [ 編集 ]
1328:Re: 感情もそうですが

Q.Z.さん、ありがとうございます。
「繰り返すことが重要」というのはまったくその通りだと思います。ただ、いくつかの理由から、私の果たすべき役割は、少し違うところにあるのではないかと最近は考えるに至っています。

フランスのル・ボンという心理学者が120年ほど前に、「精神的感染」、いわば大衆の扇動のやり方を、三つの単語でまとめて「断言、反覆、感染」であると書いています。
断言とは、短い言葉で言い切ってしまうことです。たとえば「既得権益をぶっ壊す!」的なものです。
反覆とはしつこく繰り返すこと。
そして、この「断言」と「反覆」によって精神的感染が生じ、大衆が一つの感情に染まって一体化する、というような話です。
このル・ボンの理論を最大限実践したのが、レーニン、ムッソリーニ、ヒトラーという大衆指導者らでした。
一方で、これを善用すれば、もちろん、世の中を良くするのに役立つものと思われます。
が、しかし。
このテーマで以前、ある人と議論していたとき、「でも、断言、反覆、感染の応酬になってしまうと、洗脳合戦みたいなことにならないでしょうか?」という指摘を受けました。
それを受けて、私は少し違うアプローチを取りたいと思い至った次第です。
もう一つには、世の中にはこのような扇動が天才的にうまい人がいますが、私自身にはその才能は全くないということもあります。

そういったわけで、私の役割は、「これが広まっても社会を不安定化させることのない形での基本原理的なコンテンツ」を生み出すことだけに特化することだと考えています。
「繰り返す」のは、私以外の、いわば扇動の才能の極めて高い人々にお任せする。これが私自身の社会への価値提供を最大化する方策だと考えていますが、これが結実するには何十年、場合によっては何百年という長い時間がかかるのではないかと想定しています。
この長い時間を耐えるために、という意味でも、やはり「感情」をどううまく扱うか、ということは必要不可欠になって来るものと考える次第です。

ほかにもここでは書けない諸般の事情が色々とありますが、今回のタイミングでこの二回のエントリーをブログに書いたのは、とりあえず不特定多数の皆さんにこういう考え方もあると、今の時点でとりあえず知っておいて頂きたかったというような具合です。

2014/01/06 12:02 | 廣宮孝信 ひろみやよしのぶ #- URL [ 編集 ]
1329:あけましておめでとうございます

更新を長く待ち望んでおりました。

先日、チャンネル桜の国土強靭化の討論で柴山先生が「腑に落ちないということは、どこか間違っている」的なことをおっしゃていましたね(うろ覚えですが)。つまり、相手が納得しないということは説明の仕方に問題があるか、こちらの理論のどこかが間違っているということなのでしょう。

国の借金問題については「国の借金に問題ない」という言説自体を知らない人の方がまだ大多数のような気がします。(話を聞いたけど納得できないというよりも、特に考えたことはないけれど借金は問題なんだろうという意識な気がします。)何かよい広報手段があればよいのですが。

そういえば、新著のご予定はいかがでしょうか?実は結構楽しみにしておりまして。これからも応援しております。

2014/01/06 12:07 | くらえもん #- URL [ 編集 ]
1330:Re: あけましておめでとうございます

くらえもんさん、
明けましておめでとうございます。コメントありがとうございます。

そうですね、例えば、ドイツ政府がなぜ財政均衡にこだわるかということについて少し考えて見たいと思います。
これは、彼らが経済学的、財政学的に「アホ」だからでしょうか?私は違うと思います。
恐らく、ナチと第二次世界大戦に対する恐怖体験の記憶、すなわちトラウマが大きな要因だと思われます。つまり、感情の問題です。
最近の脳科学が教えるところでは、恐怖体験の記憶は生涯消えません。その記憶を形成する脳神経回路が物理的に消えず、死ぬまで保持され続けるということになります。
というのは、恐怖体験の記憶は、本来的には生物にとって生命保全のための危険回避行動を取るために必須の情報であるからです。
それからもう一つは、最近ニュースで伝えられていたところによると、マウスの実験で、親の恐怖体験の記憶が子に遺伝することが確認されたとのことです。
以上のことを踏まえると、経済を考える上で、このトラウマの問題は決して避けては通れません。
日本でも同様の第二次世界大戦のトラウマが大きな影響を及ぼしている可能性もあります。

さて、この問題を扱うには経済学では残念ながらまったく不可能であり、これには心理学や脳科学が必要不可欠、というのが私の考えるところのものであります。

えー、新著に関しては、すみません、いまのところノーコメントということにさせて頂きたくm(_ _)m

2014/01/06 19:33 | 廣宮孝信 ひろみやよしのぶ #- URL [ 編集 ]
1331:お返事ありがとうございます

確かに頭では分かっているけど、どうしてもできないことってありますよね。
・理屈では体に悪いと分かっているのに、暴飲暴食はやめられない。
・理屈では落ちないって分かっているのに、ジェットコースターに乗れない。
・理屈では血液型で性格は判断できないと分かっているのに、信じてしまう。
・理屈では最新型のスマホが便利と分かっていても、ガラケーを使い続ける。
etc.

おっしゃるとおり理屈だけでなく感情も大事だということは確かですね。

>えー、新著に関しては、すみません、いまのところノーコメントということにさせて頂きたくm(_ _)m

気長に待たせていただきます(^_^;)

2014/01/06 20:18 | くらえもん #- URL [ 編集 ]
1334:

とどのつまり、洗脳解除ということになるのだと思います。
しかし、ちょっとぐぐったところ、洗脳解除に一番大事なことは「洗脳者から対象者を引き離すこと」だそうで、財務省派が年がら年中プロパガンダやってる日本ではまあ不可能に近いですね(笑) 困ったものです。

2014/01/07 13:58 | asd #- URL [ 編集 ]
1350:ネクラなんです。

 感情って全身の細胞が過去に蓄積してきた記憶の総体のような気がしています。今。思いついただけのコメントですみません。
 思考ってヒトの脳に於いて肥大した新皮質の部分で起こっていることですよね(独り言です)
 脳って身体中の信号の単なる交換器と思うようになった今日この頃。
そんな事ばかり考えて現在日常が破綻した読者は小さい頃から学校出たら何で弱肉強食の社会なのか不思議に感じていた私の頭がずっと変調をきたしたままなのかもしれない。
 破綻コメントで失礼しました。

2014/01/31 18:26 | ポケット #5weN/snY URL [ 編集 ]

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