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廣宮孝信 ひろみやよしのぶ

Author:廣宮孝信 ひろみやよしのぶ
工学修士(大阪大学)、都市情報学博士(名城大学)。
2009年、著書「国債を刷れ!」で「政府のみならず民間を合わせた国全体の連結貸借対照表(国家のバランスシート)」を世に送り出した経済評論家、"国家破綻セラピスト"です。
「アイスランドは財政黒字なのに破綻!」、「日本とドイツは『破綻』後50年で世界で最も繁栄した」--財政赤字や政府債務GDP比は、国家経済の本質的問題では全くありません!
モノは有限、カネは無限。国家・国民の永続的繁栄に必要なのは、国の借金を減らすとかそんなことでは全くなく、いかにモノを確保するか。モノを確保し続けるための技術投資こそがカギ。技術立国という言葉は伊達にあるわけではなく、カネとか国の借金はそのための手段、道具、方便に過ぎません。
このように「モノを中心に考える」ことで、国の借金に対する悲観的常識を根こそぎ打ち破り、将来への希望と展望を見出すための”物流中心主義”の経済観を展開しております。”技術立国・日本”が世界を救う!
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606:「哲人宰相」李登輝 元台湾総統②――「どんなに小さくても良いから創造せよ」「自己を超越せよ」――個人の公益に対する貢献を極大化させるための道筋

2014/03/03 (Mon) 16:12
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前回の続きです。

今回は、李登輝さんがかなり力点を置いて語っていたトーマス・カーライル『衣装哲学』に関係する内容を中心に紹介させて頂きます。


前回書きましたように、その『衣装哲学』というのは

「生とは借り物。衣服に過ぎぬ」

というような思想ですが、李氏が自らの「人生の先生」としている新渡戸稲造の影響で知ることになったものです。
以下、李氏の講演の際に私が取ったメモに基づいて簡単に紹介してゆきたいと思います。


李氏によれば、この『衣装哲学』の要諦は

“永遠の否定”から“永遠の肯定”に至る過程

ということになります(と私は解釈しています)。

この言い回しを使って、前回書きました武士道の話、

死から出発して、いかに生きるかということを考えるのが武士道

を書き換えてみますと、

永遠の否定(=死)から出発して、永遠の肯定(=いかに生きるかということ)を考えるのが武士道

というようにつながるのではないかと思います。

私は、これが李氏が武士道の話から『衣装哲学』の話を展開したことの趣旨ではないかと解釈しています。


また、李氏が90年の人生で到達したという

我是不是我的我(私は私ではない私である)

という境地は、

「生とは借り物。衣服に過ぎぬ」 という『衣装哲学』の考えを別の言葉で言い換えたもの

とも言えるでしょう。


なお、

私は(1)私ではない(2)私である

という言葉は、

---

私は、

(1)私ではない→否定形

(2)私である→肯定形

---

と分解してみることもできます。


以上のような下準備をした上で、以下、『衣装哲学』の内容のお話に入りたいと思います。


※話の流れとしては、架空の哲学者を主人公としたような物語調になっているようです。


●第5章
主人公の哲学者が失恋、職業の失敗により、孤独に陥ります


●第6章
「巡礼」

主人公は巡礼に出るのですが、どこへ逃げても、内面の苦悩から逃げられないという状況に陥ります


●第7章 
「永遠の否定」

主人公は、
 ・孤独
 ・不信心
 ・懐疑
のどん底の状態です。


●第8章
「無関心の中心」
 主人公は、第7章の「永遠の否定(孤独、不信心、懐疑)」の状態から、一種の燃え尽きた状態、
 ・石灰化
の状態に遷移します。
 “灰”は白でも黒でもない中性の状態であり、 “否定の極から肯定の極へ移行するまでに避けて通れない状態”、ということになります。


●第9章
「永遠の肯定」
 主人公は、「永遠の否定→石灰化」という過程を経て、初めて人生におけるもっとも重要なことに気づくことになります。
 李登輝さんの言葉をそのままここで書くと、この「永遠の肯定」の段階とは、
「神から与えられた使命」
に気づく段階ということになります。
(※李登輝さんはキリスト教徒なのでこういう表現になりますが、「神」という言い方がいまいちなじまない方は、例えば、中国古典に出てくるような「天意」とかそういった言葉で置き換えて良いものと思います。なお、前回も書きましたが、李登輝さんは「信仰は宗教に限らない」と言っています。)


「神から与えられた使命」ということの一つが
「公のために働くべし」
ということになろうかと思います。

 この考えに至るには、辛い体験などのいわば自己を否定される体験とそれを克服する過程、すなわち「永遠の否定→石灰化」という過程が必要不可欠ということなのかもしれません。

 一方、このような否定から出発して肯定に至るという過程についての別のアプローチが武士道の「死から出発していかに生きるかを考える」 というアプローチということなのでしょう。


 さて、これに関して、前回に頂いたコメントによって私は、
「現代社会は医療や食糧生産が高度に発達した結果、昔よりも個々人が死から遠ざかっている。
昔は自分自身の死がもっと身近で切実なものであったため、
人々はかなり限られた人生をより有効に、有意義にしたいと意識し、よって、人々は言われなくとも公益を意識しやすい。
逆に、現代社会では自分自身の死がかなり遠いものとなったため、 人々は公益を意識しにくくなったのではないか」

ということに気づかせて頂きました。
 李氏が武士道を持ち出して敢えて死について我々に意識するように促したのは、このような理由もあるのかも知れません。


 死について意識することは、「永遠の肯定(≒公益を意識する状態)」に至るための「永遠の否定→石灰化」の過程を実体験できなかったとしても、それを疑似的に体験、あるいは、少なくとも想像するきっかけとして極めて有用となるといった具合でしょうか。

 また、李氏はこの「永遠の肯定」話をするときに次のような事をおっしゃっていました:
 ・どんなに小さくてもよいから創造せよ
 ・自己を超越せよ


ただし、私は講演の当日、この

・どんなに小さくてもよいから創造せよ
・自己を超越せよ

という言葉と

・公のために働くべし
・神から与えられた使命を行うべし

という言葉が、なんとなくはつながると思ったものの、 なかなか厳密につなげて考えることができませんでした。


が、1週間以上たって、以下のように考えるようになりました。

・どんなに小さくてもよいから創造せよ
・自己を超越せよ

というのは、言い換えれば、

・他人にはできない、自分にしかできないことをやりなさい

ということになります。

そして、
「他人にはできない、自分にしかできないこと」を効果的に行うことができるならば、それこそが個人の公益に対する貢献を極大化する道筋となる
ということになるのではないでしょうか。

これが、李登輝さんがいうところの「神から与えられた使命を行う」ことであり、 私が個人的に好む表現を用いれば「天命を行う」ことであろうかと思われます。


さて、以上のような李登輝さんの講演内容を踏まえた上で私なりの考えを簡単にまとめてみます:

「人生において可能な限り私益と公益を一致させ、その両者を同時にバランスよく増大させ、さらにはその枠組みの中において自分にしかできないような天命を果たし、個人としての公益に対する貢献を極大化させることができたとしたら、一人の人間としてこれほど幸福な生き方はないのではなかろうか」


※今回の李登輝さんの講演(より厳密には修学院 研修会)を拝聴する機会を与えて下さった修学院の皆さん、特に、お忙しい中、本業でも何でもないのに旅行の手配などをして下さった修学院の梅本大介さん、この研修会の参加を呼びかけて下さった行橋市会議員の小坪慎也さんに、この場を借りて心から感謝申し上げたいと思います。




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コメント

1364:生きることとは考えること

 人間を人間たらしめることの一つとして、「考えること」がよく挙げられますが、問題がある→考える→また、新たな問題を発見→考える、これの繰り返しが生きるということであり、成長することであろうかと考えます。逆に「思考停止」した状況は本当の意味で生きているとは言えないのかもしれません。そう考えると「どんなに小さくてもよいから創造せよ」は「どんなに小さくてもよいから想像せよ」と読み替えるのもアリかなと。

「自己を超越せよ」という言葉もよいですね。少なくとも幸福を追求すると言う本質的な観点からも、自己の範囲の外に真の幸福が存在する可能性を除外しては、その場所にたどり着けませんからね。上段で書いたように、考えることと、それによって心境や環境が変わること、その繰り返しによって善く生きていくには自己を超えたところへ触手を伸ばしていく必要がありそうです。そういった観点では、自分の価値観と真逆の価値観を受け入れるということは「自己を超越する」の一つの形態かもしれません。

 おそらく、そうした心持ちであれば、おのずと公益を重視するといった考えにたどり着けるのではないでしょうか。

 前回のエントリーでコメントさせていただいたことに加えて、心理学の分野では「正常化の偏見」(http://www.hazardlab.jp/know/glossary/%E6%AD%A3%E5%B8%B8%E5%8C%96%E3%81%AE%E5%81%8F%E8%A6%8B)という言葉がございます。これは、危険を無視することにで心的バランスを保とうとする一種の自我防衛機能とも言われています。死に触れ合う機会が減ってしまったことが、この心理状況を生み出す一助になっているのかもしれません。

 既にお読みになっているか分かりませんが群馬大学の片田敏孝先生の『人が死なない防災』(集英社新書)も、自ら考えて危機を乗り越えること、「正常化の偏見」や「認知不協和(=頭では分かっているけど行動できない)」といった心理的な側面からのアプローチによる防災教育について書かれていて、すごく勉強になりました。もし未読でございましたらオススメさせていただきます。

2014/03/03 19:00 | くらえもん #- URL [ 編集 ]
1366:管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2014/03/03 23:14 | # [ 編集 ]
1367:こんにちは

前エントリーのコメントの続きになりますが、生物の恐怖に関して、大変勉強になりました。

私はよく物事を「作用&反作用」に当て嵌めてみるのですが、全ての事象は「2つ以上の対照な事象がほぼ同時に発生している」と断言してもいいくらい、片極な事象は全くと言っていいほどないんです。ほぼ必ず「両極」があるんです。

その両極を見抜くことが「おもしろい」のでして(といっても全然ダメですけど)、なおかつ、私個人は偏極な人間ですから、冗談にも「中立」とは言えない立場で「両極」を見るという、ある意味チャレンジャーな試みをしております。

生物の恐怖でいう「作用&反作用」は、危機回避行動がまさに「反作用」ですから、危機を感知するという「作用」が絶対にあるんですね、確かに。

そこに気付かせてもらえたので、いま、楽しくて仕方ありません。

また、私は作用と反作用の関係を「対比の概念」と勝手に命名しておりますが、例えば、「自分」と「他人」という対照的な認識について、人間は「自分」を先に認識しているのか、それとも「他人」を先に認識しているのか、つまり、生まれて初めに自分と自分以外のどちらを先に認識しているのか、どちらかによっては自分と他人が「同じ」という結論に至るのでして、私は、人間は最初に「他人」を認識し(作用)、次に「自分」を認識している(反作用)と思っていますから、従って、「他人」なくして「自分」はありえない、すなわち自分という存在がすでに「対比の概念」による産物なのです。

馬鹿げているように聞こえるかもしれませんが、他人が全く存在しない環境に生まれても自分を認識できるかと言われれば、納得できる部分もあると思います。

狼に育てられた人間の子供がいましたが、彼女は自分自身を狼だと認識していたようですから、つまり、初めて明確に認識した他人が狼であったから、自分も狼だと思ったのでしょう。

このあたりは、生物に自然と備わった「民族主義」の本能なのではないかと私は思っています。

たいてい、生物が初めて認識する相手は「親」、すなわち「同族」ですから、自分も他人(親)と同じだと無意識に認識することで、民族の中における「自己」が初めて確立されるのです。

要するに、自分と他人は「同じ」なのであり、もっと言えば、自己は他人という存在に依存しなければ確立しえないものなのでして、個人主義の限界がここに見えます。

私は「日本人」という他人に自己の認識を依存した存在ですから、従って、私は死ぬまで日本人なのです。

もちろん、環境が変われば認識も変わってくるでしょうが、まず以って私の場合は、環境が変わる(=他人が日本人でなくなる)ことを望んでいませんので、完全なる民族主義の中に生きております。


李閣下の場合は、閣下は「台湾人(あるいは日本人)」という他人に囲まれた環境に生まれ育った存在ですから、閣下の言動からみても自己認識は明らかに台湾民族主義の中にあると思います。

しかし、国民党政権は大陸人が入植してきて作った「外来政権(作用)」ですから、台湾民族主義の閣下としては、この現状を変える試み(反作用)に着手するのは当然だと思います。

ところが、日本のように「民族主義の象徴」たる天皇陛下がおわすわけでもない台湾は、これが日本であれば「大政奉還」という選択肢もあったでしょうが、「選挙=民主主義」という独善的価値観を絶対視する米国の保護下にある台湾の現状も鑑みて、「国民党独裁を崩す」という目的を達成し、なおかつ「台湾の独立を確保」するためには、「選挙(民主主義)」以外の選択肢はなかったのかもしれません。

そういうふうに考えてみると、閣下は「個体主義」を採用したというよりも、台湾人個体の中にある民族主義に「託した」と解釈できなくもありません。

閣下の投げたボールを、台湾民族主義がどのようにキャッチするのか、現状(馬政権)を見る限りは必ずしも閣下の思惑通りになったとは言えませんが、ともあれ、閣下は台湾人に「民族自決」のチャンスを与えて下さったのです。

一介の民族主義者として、台湾人にエールを送りたいと思います。

また、日本人がどういう選択(作用)をするかで台湾人の選択も変わってくる(反作用)と思いますから、かつての同胞として、台湾人を大陸の毒牙から救うべく「聨合艦隊」の復活に、一介の民族主義者として無力ながらも尽力したいと思います。


再三の長文、失礼しました。

2014/03/04 00:19 | 硫黄島 #- URL [ 編集 ]
1368:日台友好!

台湾映画「KANO」予告編
http://www.youtube.com/watch?v=PvBvkp-r4C4
永瀬正敏主演の台湾映画「KANO」最高興収超も! 同映画は日本人、台湾人、原住民からなる嘉義農林学校(現・国立嘉義大学)の野球部が1931年の夏の甲子園で準優勝するまでを描く。近藤兵太郎監督を演じた永瀬はこの日、当時の凱旋を再現した市内パレードや名投手をモチーフにした銅像の除幕式にも参加。市民からの熱烈歓迎を受けた。
http://hochi.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20140303-OHT1T00239.htm

2014/03/07 15:47 | 通りすがり #yqjYY7po URL [ 編集 ]
1371:相互リンクのお願い

はじめまして!20代で不動産投資をしているじゅんと申します。いつもブログの方で勉強させていただいてます。実は、私もブログを1年半以上書いていまして、分野は不動産投資ということで、若干異なりますが、参考にさせていただいているので、今回は、相互リンクのお願いをさせていただきたくご連絡致しました。

20代不動産投資から不動産王への道程
http://active-landlord.seesaa.net/category/14401060-1.html

が当方ブログのURLになりますので、ご検討の程宜しくお願いします!良いお返事お待ちしております。

2014/03/11 22:31 | じゅん #- URL編集 ]

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