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廣宮孝信 ひろみやよしのぶ

Author:廣宮孝信 ひろみやよしのぶ
工学修士(大阪大学)、都市情報学博士(名城大学)。
2009年、著書「国債を刷れ!」で「政府のみならず民間を合わせた国全体の連結貸借対照表(国家のバランスシート)」を世に送り出した経済評論家、"国家破綻セラピスト"です。
「アイスランドは財政黒字なのに破綻!」、「日本とドイツは『破綻』後50年で世界で最も繁栄した」--財政赤字や政府債務GDP比は、国家経済の本質的問題では全くありません!
モノは有限、カネは無限。国家・国民の永続的繁栄に必要なのは、国の借金を減らすとかそんなことでは全くなく、いかにモノを確保するか。モノを確保し続けるための技術投資こそがカギ。技術立国という言葉は伊達にあるわけではなく、カネとか国の借金はそのための手段、道具、方便に過ぎません。
このように「モノを中心に考える」ことで、国の借金に対する悲観的常識を根こそぎ打ち破り、将来への希望と展望を見出すための”物流中心主義”の経済観を展開しております。”技術立国・日本”が世界を救う!
 お問い合わせは当ブログのメールフォーム(下の方にあります)やコメント欄(内緒設定もご利用ください)や、ツイッターのダイレクトメッセージをご利用ください。

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609:二つの経済学的「原子爆弾」――「国の借金」に対する過度の恐怖+富を失うことに対する過度の恐怖(=強欲)――を安全に解体するための処方箋: 8月に新しい著書を刊行予定です

2014/07/17 (Thu) 13:46
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昨年の9月以降、つまり、オバマさんがシリアを攻撃すると言ってできなかった、あるいは、しなかったという事案を目の当たりにして以来、この世界があまりにも混沌としてきていることに遅ればせながら気づいた結果、なかなかブログで書くネタもなく、ご無沙汰しております。


いや、「ネタ」自体はなくはありません。
世界情勢に関して、現在のところ私自身の立てている仮説などがあるにはあります。
しかし、恐らくこれを書いても誰一人としてうれしいと感じる人はい無さそう、というのが一点。
また、あくまでも仮説であって、特に根拠もなく、それが正しいかどうかについて、最近CIAが始めたツイッターのつぶやきではありませんが、「否定も肯定もしない」としか言いようがないのがもう一点。
以上の2点により、やはりブログで書くには不適当というわけです。


ちなみに、世の中全般ではオバマさんは無能と評されていますが、私は多分、違うと思います。
オバマさんが本当に無能なら、むしろとっくの昔にTPPやそれに必要なTPAが成立しており、シリアでも米軍の地上部隊が投入されていたのではないかという逆説もあり得ると考えたりもします。
ただ、その根拠や物的証拠は何一つありませんので、これもCIAじゃありませんが「否定も肯定もしない」としか言いようがありません^^;

一つだけ現在の私が断定的に書けるのは、今年の年始あたりで書きました、「老子」の「徳」について私なりの解釈ができて以来、私自身が何かを考える際、「ある考えとそれと正反対の考えが両方とも正しいと仮定してみる」というクセが付いている、ということであります。
例えば、上記のように「オバマ無能論」が流行っているなら、その正反対の「オバマ有能論仮説」を正しいと仮定してみるというわけです。


さて、そんなこんなで、私は何やら地下に潜っている感がありましたが、一応こそこそとあれこれしていた次第です。


【新著についてのご報告】

その「あれこれ」の一つが、標題にありますとおり、来月に新しい著書を刊行する運びになっているということであります。

タイトルは未定ですが、内容としては

二つの経済学的「原子爆弾」解体新書――爆弾その1:「国の借金」に対する過度の恐怖、爆弾その2:富を失うことに対する過度の恐怖(=強欲)を安全に解体するための処方箋

というような具合です。


爆弾その1:「国の借金」に対する過度の恐怖は、どんな国でも、どんな場合でも、「国の借金」に対する過度の恐怖は適切な経済運営を阻害し、国民生活を長期的に窮地に追いやる、危険な経済的「核爆弾」と言えます(適度な恐怖は大変結構なことだと思います。あくまでも、過度な恐怖が問題と考える次第です)。

爆弾その2:富を失うことに対する過度の恐怖(=強欲)は、つまりは、これが少数者による富の過度な独占を生み出す根本要因であり、許容範囲を超える格差を生み出す根本要因であるため、やはり極めて危険な経済的「核爆弾」と言えます。

これらの危険な経済的「核爆弾」を安全に解体するための方法を考えることは、世界情勢がどうであれ、民主主義政体であれ、独裁国家であれ、長期的かつ安定的な国家の繁栄のためには、決して避けて通れないことであると考えます。

そしてこの問題を扱うには、年始以降当ブログで書いてきました、心理学や脳科学に踏み込むことが必要不可欠である、というのが私の現状認識であります。

心や脳の仕組みを考えると、上記の二つの経済的「核爆弾」を安全に解体するには、この二つを決して否定しないこと、つまり、「国の借金」に対する恐怖を持っている人々や、強欲=富を失うことに対する恐怖を持っている人々のことを、決して否定しないことが大切である、ということになります。それはまた、本の中で詳細を読んで頂ければと思う次第です。

そして、この本で扱う心や脳の仕組みというものは、一人でボーっとしているとき、というような超ミクロな問題から、世界全体の政治・経済のようなマクロの問題まで、どのような種類の問題を扱うにも応用できるようなものでありますので、本書は私がこれまで書いた中で最も実用的な――マクロ経済のことを考えるためだけでなく、日常生活にもすぐに利用できるような――ものとなっています。

そのようにしていることの狙いの一つは、「国の借金」問題などの話を、経済書など今まで1ページも読んだこともないしこれからも読むつもりのないような方にも、間口を広げることができる(かも知れない)という点にあります。
というのは、私が今回原稿で書いているような心や脳の仕組みの話は、経済にまったく興味のない人とであっても、2、3時間くらいは会話がかなり盛り上がる、というくらいに、誰にでも興味を持って頂けるような内容であるからです。


※内容のもう少し詳しい紹介は、また発売日が決まってからさせて頂きたいと思います。

※上記の〔経済学的「原子爆弾」解体新書〕という言い方は、アイルランドのロック・バンドU2のアルバム「原子爆弾解体新書 How to Dismantle an Atomic Bomb」のパクリ…、いや、これも近頃はやりの言い方をすると、「インスパイヤ」されたものであります。



【英語学術論文の執筆についてのご報告】

もう一点、近況報告をしておきますと、私が主著者である経済学の英文の学術論文が、米国のある論文誌の査読を通過しました。
残念ながら、近頃はやりの替え玉作曲じゃなくて替え玉執筆、剽窃、画像の改ざんなどはしておりませんが、その論文誌には10月ごろに掲載されるようです。
また、実際に掲載されてから詳細をご紹介させて頂きたいと思います。


さてさて、

私の8月刊行予定の新著に期待しているかどうかについて…



否定も肯定もしない(CIA風に)



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コメント

1377:新著が楽しみ

更新がないので、一体どうしたのかと(笑)それが新著の執筆につながるとは嬉しい限りです。新著に期待しているかどうか・・CIAではありませんので大いに『肯定』です。

2014/07/17 14:31 | 猫の遠ぼえ(akira) #- URL [ 編集 ]
1378:英語論文

ワクワクしますね!

2014/07/17 19:52 | Z #U7YB6WGo URL [ 編集 ]
1379:首をながーくして待っておりました。

いよいよ、待ちに待った新刊ですね。
是非とも購入させていただきます。

長く更新がなかったので、新刊について何かトラブルを起こされていたのかと心配しておりました。それが、なんと英語の論文も書かれていたとは。廣宮さんの理論は是非とも全世界に広めるべき内容だと思っておりますので、アクセプトされて何よりです。

新刊に関連して、やはり物事はなんでも過剰はよくない、つまりバランスが大事であると近頃つくづく思います。日本政府の場合は過剰に財政支出を絞り過ぎなんですが(;^_^A

それでは、新刊楽しみにしております。

2014/07/17 23:26 | くらえもん #- URL [ 編集 ]
1381:

楽しみなお話ですね。
期待しております。

2014/07/23 11:37 | asd #- URL [ 編集 ]
1382:こんにちは

お久しぶりのエントリーでしたので、気付きませんでした。

新著楽しみにしております。これからも頑張って下さい。

「肯定」「否定」について、この言葉自体に自己本位の性質がありますが、物理的な表現の「ある」「ない」を使うと、ただ単に事象を説明しているだけなので、私は最近、極力これを使うようにしています。

例えば、国の借金が大変だと考える人が「実際にいる」=存在を認める

人間は他人をまず認識し、続いて自分自身を認識できるようになりますから、つまり、他人とは自分自身を認識する上で必要不可欠な存在になります。従って、他人から自分自身の存在を認められることが、自分自身がこの世界に確実に存在するという「アイデンティティー」になり、この「確実に存在する」というアイデンティティーはアイデンティティーの根幹であると、私は考えます。

つまり、存在を認められることで、その人は「非常に気持ちよくなる」わけでして、相手に心を開く準備ができます。

大事なことは、「国の借金が大変だ」を認めたわけではないということで、認める必要もありません。つまり、肯定も否定もしないということになります。

肯定や否定はあくまで自己の価値観であり、必ずしも現象や物事の有無を示すものではありませんから、価値観が十人十色な以上は、価値観の土俵に立って話すと、肯定することは相手の価値観を同じか違うかを問わず「自分自身が受け入れる」ことになり、否定はその逆、つまり「相手に受け入れさせる」ことになり、どちらにせよ極論です。うまくいかないでしょう。

しかし、存在を認めることは価値観を受け入れたことにはならず、自分自身の精神的負担が軽減され、なおかつ相手に価値観を押し付けることもありません。ただ相手を気持ちよくさせるだけであり、何等リスクがありません。

このように、自分自身の負担を減らしながら、なおかつ、相手の負担も減らす。その意味で私は最近「あるない論法(命名:私)」を積極的に使うようにしています。

そのために、まずは肯定・否定という価値観をなくし、目の前に立っている人を「私の目の前に立っている人」として認識するような感覚で、相手の存在を認めることから始める必要がありますが、頭の回転が早い人ほど難しいと思いますけど、私のような凡才は慣れるのに結構早かったです。

やはり、精神的に楽になりましたし、相手も聞き安くなったようです。

2014/08/11 18:44 | 硫黄島 #- URL [ 編集 ]
1384:Re: こんにちは

硫黄島さん、コメントありがとうございます。

> 「肯定」「否定」について、この言葉自体に自己本位の性質がありますが、物理的な表現の「ある」「ない」を使うと、ただ単に事象を説明しているだけなので、私は最近、極力これを使うようにしています。
>
> 例えば、国の借金が大変だと考える人が「実際にいる」=存在を認める

なるほど、なるほど。

さてちなみに、私が「肯定」と「否定」という場合は、半導体におけるスイッチのON/OFF、つまり、コンピューター言語における「1」と「0」のような概念を前提としていたりします。私がここで書いた文章がディスプレイ上で文字として視認できる形で表示されるに至る過程は、すべてこの「肯定=1」と「否定=0」の羅列(かなり気の遠くなるほどの長蛇の列ですが)であると言えます。

生物学的な視点からするとそれは、「生存の確率が高まっていると判断される状態=自らの存在を肯定されていると判断される状態」と「死への確率が高まっていると判断される状態=自らの存在を否定されていると判断される状態」の切り替えであり、例えばそれはストレスの解除と高進の切り替えの仕組みに表れることになっているのではないかと考えている次第であります。

その結果として、今回のコメントで硫黄島さんが書いて下さっているようなお話を、私の新しい本ではさまざまな角度から――例えば、上記の生物学・生理学的な見地や、心理学、あるいは、上座部仏教のヴィパッサナ瞑想にヒントを得た話などから――書けているのではなかろうかと思いますので、そういった部分でかなりお楽しみ頂けるのではなかろうかと思います♪

2014/08/12 10:11 | 廣宮孝信 ひろみやよしのぶ #- URL [ 編集 ]
1386:こんにちは

なるほど、そういうことでしたか。スイッチの「ON」「OFF」は非常に分かりやすいですね。

新著が益々楽しみになりました。

人間は言葉に感情を持つ(もしくは持たせる)生き物ですから、言霊という表現があるくらいですし、言葉から感情を「抜く」のは難しい作業なんですよね。特に他人を相手にする場合は。

一方で、言葉に感情を持つからこそ人間である証になるわけですが、そこを「否定」せずに、感情を抜き取る作業は神業に近いものがあると思いますし、そこに果敢にチャレンジなさっている(と、私が思っている)廣宮様には、尊敬の念しかありません。

私はよく「平和主義も戦争狂も同じだ」と言っていますが、現在の価値観の日本人にとっては、原爆を落とされるほどの衝撃があるようで、まさに「感情」によって猛反発をくらいます(笑)

しかし、ただ理屈で考えれば、いわゆる平和主義者は「平和な世の中にする」ことが目的なわけですから、それは世の中が平和だと成立しません。つまり、常に平和を乱されていない限り(要するに戦争です)、平和主義者は存在しえないんです。従って、「平和が退屈」なわけであり、ひとたび戦争が起きたり、または集団的自衛権のような「戦争の匂いがするもの」を嗅ぎ付けると、活き活きしながら「平和デモ」をやります。

「平和が退屈」という意味においては、平和主義者も戦争狂も「同じ」であり、平和のありがたさを殊更に強調してくれる「戦争」を望んでいるという、理屈の上では全く同じ主張をしているわけです。

そして、戦争狂にせよ平和がありがたいと思っている事実もまた、そこには厳然と存在し、結局、平和を望まない人間など「一人もいない」ということになります。

ただ単に、比較の意味で戦争がなければ平和を感じることができない人が実際にいるというだけであり、その事実を説明しようにも、相手が持つ「感情(決め付け)」により完全にシャットアウトされてしまうケースがほとんどです。

光のない世界に暗闇の価値観さえ存在しないように(暗闇しかないのだから)、戦争のない世の中に平和という価値観は存在しえないのです。故に「平和主義=戦争主義」となりますが、これが感情の壁を越え、ただ単に理屈として人々に広く認識されるようになるのは、おそらく無理だろうと私は思っています。だからこそ、廣宮様のご活躍に期待してしまいます。

2014/08/14 14:16 | 硫黄島 #- URL [ 編集 ]
1387:Re: こんにちは

硫黄島さん、こんにちは。

>
> 人間は言葉に感情を持つ(もしくは持たせる)生き物ですから、…

そのような概念は心理学では「コンプレックス」、脳科学では「連合学習」の概念で説明することが可能ではないかと考えております。詳細は新著にて^^;


> 私はよく「平和主義も戦争狂も同じだ」と言っていますが、現在の価値観の日本人にとっては、原爆を落とされるほどの衝撃があるようで、まさに「感情」によって猛反発をくらいます(笑)
> しかし、ただ理屈で考えれば、いわゆる平和主義者は「平和な世の中にする」ことが目的なわけですから、それは世の中が平和だと成立しません。つまり、常に平和を乱されていない限り(要するに戦争です)、平和主義者は存在しえないんです。従って、「平和が退屈」なわけであり、ひとたび戦争が起きたり、または集団的自衛権のような「戦争の匂いがするもの」を嗅ぎ付けると、活き活きしながら「平和デモ」をやります。

なるほど、なるほど。
確かに、平和は戦争という作用に対する反作用と申しますか、両者は双子の兄弟と言えるようだと言えるかも知れませんね。

少し違う角度から考えますと、一人の人間の内部においては、常に何かしらの「戦争」が起こっていると思われます。生理学的にはどんな人でも常に身体の内部で細菌やウィルス相手に徹底抗戦していますし、心理的にはどんな人でも常に多少なりとも葛藤を生じていることでしょう。
思うに、そのような絶えることのない一人一人の人間の内部における「内なる戦争」を、「内なる戦争」で済ませることができるかどうかが、実際の実弾飛び交う戦争をせずに済ませられるかどうかの分かれ目ではなかろうか、と思う今日この頃であります。

それでもって、「平和が大事だ!」と言って他人に対して攻撃的(=非平和的)になってしまっている「平和主義者」の人が仮にいたとしたら、そのような人にはまずご自身の心理の内部における「内なる戦争」を終結させ、ご自身の内部における「内なる和平プラン」から実現して頂くのが好ましいのではなかろうかと考える次第であります。本当の平和の出発点は、そこにあるのではなかろうかと。


> 光のない世界に暗闇の価値観さえ存在しないように(暗闇しかないのだから)、戦争のない世の中に平和という価値観は存在しえないのです。故に「平和主義=戦争主義」となりますが、これが感情の壁を越え、ただ単に理屈として人々に広く認識されるようになるのは、おそらく無理だろうと私は思っています。

おっしゃる通りではなかろうかと拝察致します。
ちなみに私個人としましては、まずは、「人間とはある種の野性動物と同様、ときとして攻撃性を発揮したがり、戦争をしたがる生物なのだ」ということを率直に認めてしまうことが出発点ではないかと思います。「私という人間の中身は、100%完全に平和主義成分でできている」と無理に思おうとすると、却って攻撃的になってしまうという逆説があると思うのです。
というのは、どんな人の中にも、生物として種の保存、生命の保全を全うするために必要不可欠な機能としての「野性的な攻撃性」が間違いなく存在しているはずであるからです。その「存在」を否定するのは抑圧であり、抑圧が限界を超えると、その「存在」が制御不能に暴れ出すというのが相場ではなかろうかと。それを防ぐには、「その『存在』を認めて、うまく飼いならす」という作業が誰にでも必要なのではないかと思う次第であります。


> だからこそ、廣宮様のご活躍に期待してしまいます。

恐れ入ります。これからもどうぞよろしくお願い致しますm(_ _)m

2014/08/14 14:59 | 廣宮孝信 ひろみやよしのぶ #- URL [ 編集 ]

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