日銀が株を買うことの簿記3級的な検討

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本題に入る前に、近年における私の「基本的に誰の批判もしない」という方針について、少々書いておきたいと思います。




【私が混迷を増す世情において穏当な言動を心がけている理由】

私の「基本的に誰の批判もしない」方針は、概ね2012年に出版した『「国の借金」新常識』あたりから始めたものでした。

その後、ユングやフロイトといった心理学者/精神科医らの著書、それらを読んでやっと自分なりに腑の落ちる解釈ができるようになった老子の第二十八章、さらにはルドゥーやダマシオといった脳科学者らの非専門家向けの著作から得られた知見によって、「基本的に誰の批判もしない」方針をより一層強めたのが昨年出版に至った『日本経済のミステリーは心理学で解ける』ということになります。

最近では、この方針により、できるだけ穏当な表現を心がけてきたこともあり、この1、2年はほとんど批判コメント、罵倒コメントを受けることが皆無となっていました。
 ところがつい先日、久方ぶりに凄まじい罵倒コメント、というか「廣宮はバカだ」と連呼するような外部ブログのリンクをコメント欄に頂いたのでありますが、幸いにも、心や脳の仕組みをみっちり研究していた成果がいかんなく発揮されました。


 以前なら「この〇×△♨…!」と死ぬほどブチ切れていた(もし、相手が面前にいれば余りの非礼千万ぶりにつき、机をバンと叩いて「貴様何様のつもりか?まず四の五の言う前に名を名乗らんか!名乗るべき戸籍上の名前すらないのか?どこの馬の骨か?この無礼者が!」と恐らくは怒鳴りつけていたかも知れない)であろうところを、「ああ、これは生物学的に実に興味深い現象だ」と思うだけで済ませられるようになっています。なんと言いますか、今年は5月上旬にしてすでに台風が7つも発生しているという実に興味深い気象現象が起きていますが、それと同じような自然界において十分にあり得る現象、という感じでしょうか。

私はこれまで何度かこのブログで書いていますように、これから世の中は治世に向かうよりは乱世に向かうと見ています。あくまでも個人的には、ですが。
そうすると、誰のことも批判せず、穏当な表現を心がけていても、より頻繁に「アイツはアホだ、バカだ、〇×△だ」と言われてしまうようになる確率が高くなるでしょう。これは私だけでなく、多くの人々がそのような憂き目に遭いやすくなるでしょう。ましてや、日ごろから舌鋒鋭い論評をしていらっしゃる方(特に政治経済関係)は尚更でしょう。私が『日本経済のミステリーは心理学で解ける』をできるだけ早く出版したいと切望したのは、それに対処するための方法論(の一例)をできるだけ早く世に出しておきたかったという点が最大の理由の一つでした。


私自身は『日本経済のミステリーは心理学で解ける』にまとめた方法論を実践することで、以前なら完全にブチ切れていたところを「ブチ切れてもいいし、ブチ切れなくてもいい」というように自分の意志で選択できるようになりました。

私自身は、「基本的に誰の批判もしない」方針をこれからも延々続けるつもりですが、これは別にすべての人がこうあるべきと言っているわけではありません。これはあくまでも私自身の自由意志による私自身の選択です。自分以外の誰かが言っていたからとかそういうことではなく、私自身の選択です。

私は、「何を選択するか」よりは、「自分の意志による選択であるかどうか」のほうが重要であると考えています。私は、私の内部における主権を、可能な限り自分自身で掌握していることが私自身の幸せであると考えます。自分自身の内部における主権の掌握度が高いほど、私の人生における幸福の量が大きくなるのだと考える次第です。

世の中が乱れれば乱れるほどに、周囲からの影響によって一人ひとりの人間の内部における主権が喪失される危険が高まります。最近も某精神科医の方が自己内部における主権の掌握に失敗し、乱れた感情に流されるがままツイッターで失言したことによって社会的評価を著しく落としてしまった模様です。このようなことが、誰にでもあり得るわけであります。

もちろん、過激な言動によって世の中を変えてやろう、というのも一つの選択肢でしょう。
そのためならル・ボンの大衆煽動技法である「断言・反覆・感染」を大いに活用するのも一つの選択肢でしょう。
あるいは、吉田松陰のように、自らの生命と引き換えに井伊大老ら幕府首脳を相手に敢えて過激な発言を行って世の中を根本的に変えてしまう契機を作ってやろう、というのも一つの選択肢と言えます。
 しかし、ここで重要なのは、古典に通暁し、古今の多様な人々の生き死にについて考え抜いていたであろう吉田松陰は、穏当な発言に終始することで刑死を免れることも自らの意志で選べたかも知れないが、恐らくは、自らの意志で刑死されるほうを選んだ、ということではないかと私は想像します。あくまでも自らの自由意思において、であります(但し、もちろんいくら自由意思と言っても、現代においては居住する国の法体系を遵守する範囲内での活動とすることを強力に推奨致します。念のため)

私は自らの自由意思において、「断言・反覆・感染」を使わず、過激な言動を使わず、可能な限り他者を批判することなく、穏当に、時間をかけて、私自身が人類にとって最大の脅威であると考える「『国の借金』への過大な恐怖」と「富を失うことに対する過大な恐怖(=強欲)」を穏当に解消に導いて行くような活動を地道にしていきたいと考える次第です。

これは私が決めることであって、私以外の誰かが決めることでは断固として絶対にあり得ません。ここだけは敢えて断言させて頂きたいと思います。


【私が多角的な視点で考えることを重視することの二つの意義】

世情が混迷の度合いを増し、秩序から無秩序、均衡から不均衡、調和から不調和に向かう中で、私が上記のように穏当な言動を心がけているのは、自分自身や、できれば私の著述物を読む皆様方に、できる限り秩序、均衡、調和をもたらすようでありたいという願望を持っているからです。

それに当たって、私がもう一つ心がけているのは、多角的な視点で考え、多角的な視点を提供するという方針です。
あらゆる科学、経済学などの社会科学も、物理学や化学などの自然科学も、多角的な視点で検討がなされることによって新たな知見が得られ、それによって発展してきたと言えるでしょう。

『日本経済のミステリーは心理学で解ける』では、例えば、スポーツにおけるイメージトレーニングの効果につき、従来の「効果がある」とする多数の研究事例と「効果がない」とする多数の研究事例が示している矛盾につき、「イメージのやり方によって効果が異なる」というアイデアによって統合し、ものの見事にその矛盾を乗り越えたという話を紹介しました。これぞまさに多角的な視点で考えることによって新たな知見が得られ、研究が発展したという好事例と言えるでしょう。

学問や科学の世界のみならず、どのような問題も、問題があるということは何かしらの矛盾があるということであり、それは多角的な視点で考えることによって矛盾を乗り越え、問題の解決に至るということが常道であると思われます。

「多角的な視点で考える」ということの一つ目の意義はこのように、あらゆる種類の発展や問題解決にとって必要不可欠な要素であると考えられること、となります。

二つ目の意義は、多角的な視点で考えるということは、精神が乱れたときに平衡を取り戻したいという場合にも大いに役立つと考えられることです。詳細は『日本経済のミステリーは心理学で解ける』に書いた通りですが、例えば上のほうでも少し書きましたように、心理学とか脳科学とか生物学とか、あるいは、全く別の分野の知見からいま抱えているような問題に比喩的に似ている例え話を引っ張り出せば、より素早く精神の平衡を取り戻せる確率は高まるでしょう。

逆に言えば、多角的な視点で考えることを否定し、放棄するということは、成長すること、発展すること、不均衡に均衡をもたらすことを否定し、放棄することに等しいということになります。
 ある人がそのような方針を採ることと決めたならば、その人は残りの人生における成長、発展を放棄し、精神に不均衡が生じたときも不均衡のまま放置することを決意したに等しく、そのような人物がいたとすれば、残念ながら、私にはそのような方は残りの人生を生ける屍(しかばね)として生きることを決意したように見えます。
 私自身は残りの人生をゾンビのように生きるようなことはしたくないと常々思う次第であります。あくまでも、私自身が私自身の自由意思によってそのような選択をした、ということです。





とまあ、前置きが随分と長くなってしまいましたが、以下、本題です。


久方ぶりに簿記の「仕訳(しわけ)」の登場です。
だいぶ以前に書きましたように、「どのような経済取引も必ず簿記の仕訳で表現できる」という原則があると私は考えているのですが、その原則に従って日銀が株を買う――より具体的には2013年以降の量的緩和における株式指数ETFとREITの買入れ――という話を考えます。
が、その前に日銀の「指数連動型上場投資信託受益権等買入等基本要領」から、概要をかいつまんで述べておきます。


【日銀資料に基づく株式指数ETFやREITの買入れ方式概要】

従前の「株式買入れ」が銀行の保有株のみを対象としていたのと違い、今般の株式指数ETFやREITの買入れは市場から直接買う。ただし、信託銀行に委託する方法は不変。

・株式指数ETFは「東証株価指数(TOPIX)、日経平均株価(日経225)またはJPX日経インデックス400(JPX日経400)に連動するよう運用されるもの」に限定。

・REITは「「適格担保取扱基本要領」(平成12年10月13日付政委第138号別紙1.)に定める適格担保基準を満たすものであること。また、原則として、金融商品取引所において売買の成立した日数が年間200日以上あり、かつ当該金融商品取引所で行われた年間の売買の累計額が200億円以上であること」が条件

まあ、これ以上は長くなるので止めましょう。

一番のポイントは、今般のETFやREITの買入れは、従前の株式買い入れや国債買入れと異なり、日銀が量的緩和で増やした当座預金が、かなり直接的に株を持っている個人や企業のフトコロを潤すような仕組みになっているという点です。


では、以下の図において簿記3級的な仕訳を検討します。



nichigin-buying-stock.png


・上の図において、話を簡単にするため、日銀からETFやREITの買入れを委託される信託銀行や個人株主が売却取引を行う証券会社や売却資金を受け取る預金口座がある銀行は、連結決算としています。ここを個別に検討し出すとあまりにも複雑になるためです。

・言葉でこの一連の過程を説明すると、以下のようになります:

①日銀が日銀における当該銀行の口座の当座預金を増やし、

②それを代金として日銀が株を購入します。

③売主はここでは個人としてますが、別に非金融企業でも構いません。市場=証券取引所で売買するからには、お互いに特定の売主や買主を指定することはありません。証券取引所においては単に売買される銘柄につき、希望する売値と口数、希望する買値と口数を突き合わせて順次取引をさばくだけです。で、売主である個人の手元から保有株が離れて日銀のフトコロに入り、売主の個人は市中銀行や証券会社を介して売却代金を受け取ります。個人は日銀当座預金を直接受け取るわけにはいきませんから、日銀が増やした当座預金を担保として市中銀行がいわば「信用創造」して創出された預金が売主名義の市中銀行口座(あるいは、もう少し間接的には証券会社における売主名義口座のMRF)に振り込まれることとなります。



【マネタリーベースとマネーストックの関係の考察】

若干細かい話になりますが、ここでマネーストック(通貨の流通量)の定義について。
日銀によると、

「マネーストックとは、基本的に、通貨保有主体が保有する通貨量の残高(金融機関や中央政府が保有する預金などは対象外)です。通貨保有主体の範囲は、居住者のうち、一般法人、個人、地方公共団体・地方公営企業が含まれます。このうち一般法人は預金取扱機関、保険会社、政府関係金融機関、証券会社、短資等を除く法人です。」

となります。
分かりやすい日本語に翻訳すると、「マネーストックとは中央銀行、市中銀行、証券会社などの金融機関や中央政府以外の保有者(=通貨保有主体=非金融企業や個人や地方自治体など)が保有する現金や預金」のことになります。

日銀が量的緩和において市場を通じて株式指数ETFやREITを購入するということは、そのETFやREITの売り手が個人や非金融企業などの「通貨保有主体」であるならば、日銀によるマネタリーベースの増加が直接的にマネーストックの増加につながります。

これが、従来の株式買い入れ(銀行保有株式のみの買入れ)や、国債買入れとの大きな違いです。
従来の株式買い入れや、国債買入れでは、日銀がマネタリーベース(当座預金や現金)を増やしてそれを株や国債と交換に銀行に渡すだけです。それだけでは「通貨保有主体」に預金が回りませんから、マネーストックは増えません。増加した日銀当座預金の影響で市中銀行の預金準備率が上昇し、かつ、借入れ金利が低下したことで、市中銀行は企業や個人に事業用資金や住宅ローンなどを新規に貸し付けて初めて信用創造が起こり、マネーストックが増加する、はずです。

一方、しつこいようですが、今般の量的緩和におけるETFやREITの市場からの買入れでは、マネタリーベース増がマネーストック増に直結すると考えられます。

なお、補足事項ですが、従来の株式買い入れや、国債買入れにおいても今回この件を考える上でもう一つのマネーストック増加経路――新規貸付による信用創造以外の経路――があり得ることが分かりました。それは、日銀の国債買入れによって国債の価格上昇=国債の金利低下に伴い、非金融企業や個人が「保有国債の価格が上がり、売ればもうかるので売る」というケースです。間接的ながら、それによってマネタリーベースの増加→通貨保有主体(非金融企業や個人)の預金増加という経路が成立し、マネーストックに参入される通貨量が増加するからです。

下の図は日銀の資金循環統計における、非金融企業(濃い緑)と家計(明るい緑)の国債・財融債残高の推移です(単位は億円。グラフは日銀のデータベースのグラフ機能で作成)。

hikinkigyou+kojin_kokusaihoyuudaka.png

上のグラフにおいて、1マスが5兆円となります。非金融企業はピークから17兆円程度、家計は5兆円程度、合計で22兆円程度の国債保有高減少となっています。日銀が国債を買い増す中で、この22兆円程度の非金融企業や家計の国債保有減少が、銀行の新規貸付なしでマネーストックを増加させている可能性があります。但し、日銀データベースを見ると2008年から現在にかけてマネーストックは150兆円程度増えていますし、家計の国債保有高は08年からはあまり変わっていません。
そうすると、非金融企業の17兆円の保有国債減少と量的緩和によるETFやREITの7兆円程度の買い入れで説明できるのは24兆円程度なので、この08年以来のマネーストックの増加すべてを説明することは出来ません。この辺の詳細はまた追い追い調べてみたいと思います。
少々脱線しましたが、話を元に戻しましょう。



【日銀が市場を通じて株を買うことのメリットとデメリットの検討】

メリット

(1)日銀のマネタリーベースの増加が直接マネーストックの増加につながることによる景気刺激効果が考えられる

(2)日銀の株買いによって、それがなかった場合に比べて株価が上昇し、より高い値段で株を売り抜けた売主たちが実物資産の購入に資金を回すことによる景気刺激効果が考えられる(いわゆる資産効果

(3)株高によって社会全体の気分が高揚し、それによる景気刺激効果が考えられる


デメリット
(1)メリット(1)については、元々株を保有する余裕のある人だけが直接利益を享受すると考えられる(もちろん、年金受給者も年金基金の保有株上昇の恩恵を受ける可能性がある)。そのような株による利益を享受する者と株と無縁な低所得層との資産格差が開く可能性がある。また、株を売ってもうけた人は余裕資金が増えたことによりその資金の一部または全部をよりリスクの高い金融商品の購入に充てることでバブルの助長や金融の不安定化を増大させる可能性があり得る(『「国の借金」新常識」で取り上げた国連報告書に書いてあるメカニズム)

(2)メリット(2)については、株でもうけたおカネが実物資産の購入に回るとは限らないという弱点があり得る。これは減税や社会保障における現金給付と同じ弱点。公共工事や社会保障の現物給付と比べると乗数効果は低くなると考えられる。とはいうものの一応は、「国の借金」を増やさないというメリットはあるとは言えるが。

(3)メリット(2)の資産効果やメリット(3)の気分高揚による景気刺激効果は、永続性が残念ながら疑わしい。株や不動産が値上がりを続ければそれによって十分なだけGDPが増え続けるとは限らない。もしそれでGDPが十分に増え続けるのであれば、過去の市場経済において繰り返し起きているバブルの形成と崩壊は説明が付かない。仮に当局者が「いや、今回は過去とは違うので絶対にバブルの形成と崩壊は起こらない」と100%信じているとしても、万が一にバブル崩壊が起こったときに備えて対応策のシミュレーションは十全に行っておくのが妥当であると言える(ただし、そのようなシミュレーションの実施を世間に公表すべきかどうかは別問題)。


以上、日銀が市場を通じて株を買うことのメリットとデメリットにつき、できるだけ感情抜きにして機械的に私が思いつく限りのことを書き出すに留めておきます。というのは、私はここで誰かを非難する意図を全く持たないからです。これは、当エントリーの冒頭に述べたように、私自身の自由意思による選択であります。

次回は仮に株が暴落したときのシミュレーションと言いますか、対応策(のあり得る選択肢)について検討してみたいと思います。

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