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廣宮孝信 ひろみやよしのぶ

Author:廣宮孝信 ひろみやよしのぶ
工学修士(大阪大学)、都市情報学博士(名城大学)。
2009年、著書「国債を刷れ!」で「政府のみならず民間を合わせた国全体の連結貸借対照表(国家のバランスシート)」を世に送り出した経済評論家、"国家破綻セラピスト"です。
「アイスランドは財政黒字なのに破綻!」、「日本とドイツは『破綻』後50年で世界で最も繁栄した」--財政赤字や政府債務GDP比は、国家経済の本質的問題では全くありません!
モノは有限、カネは無限。国家・国民の永続的繁栄に必要なのは、国の借金を減らすとかそんなことでは全くなく、いかにモノを確保するか。モノを確保し続けるための技術投資こそがカギ。技術立国という言葉は伊達にあるわけではなく、カネとか国の借金はそのための手段、道具、方便に過ぎません。
このように「モノを中心に考える」ことで、国の借金に対する悲観的常識を根こそぎ打ち破り、将来への希望と展望を見出すための”物流中心主義”の経済観を展開しております。”技術立国・日本”が世界を救う!
 お問い合わせは当ブログのメールフォーム(下の方にあります)やコメント欄(内緒設定もご利用ください)や、ツイッターのダイレクトメッセージをご利用ください。

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84:「四知」

2009/10/07 (Wed) 13:00


「四知」
とは、四者が知る、ということである。

では、四者とは何であるのか。またその四者が何を知るというのか。

その四知という訓言を遺した人物の生死が、
きたるべき時代の祅変(ようへん)と祉福(ちふく)とを予感させているようにおもわれるが、どうであろう。

ここでいう人物とは、

楊震

である。


宮城谷昌光さんの「三国志」は、上記のような少し唐突な印象を与える文章で始まります。



その楊震とは、

三国時代の少し前、後漢王朝の衰退期において、

「孔子の生まれ変わり」と言われるほどの大学者(儒学)で、

最晩年には「司徒」という臣下としては最高の位に上り詰めた人物です。


さて、四知とは
「天知る。地知る。我知る。子(なんじ)知る。」

という四者が知るという意味です。



どんな密事でも天が知り、地が知り、当事者(自分と、自分以外の誰か)が知っている。

この宮城谷「三国志」文庫版第一巻では、
楊震の「四知」に関するエピソードが二度出てきます。


一度目は…

楊震がかつて推挙したことで出世を果たした王密という人物が、

久闊を叙した王密おもむろに懐から黄金十斤をとりだして楊震に遺(すす)めた

のですが、

楊震は王密に対し

わたしは君という人間を認めて推挙したのに、君はわたしがどういう人間であるかわかってくれないのはどうしたことか

と返しました。すると、王密は言います。

「暮夜のことです。たれも知りはしません」

ここには私とあなたしか居ないではないですか。


ここで、楊震が言うわけです。

「天知る。地知る。我知る。子知る。たれも知らないとどうして謂(い)えるのか」

王密ははっとして黄金を懐にしまい、
愧羞(きしゅう)にまみれて退出した。
のでした。


そして、著者は続けます
悪事ばかりでなく善行もやはり四者が知るのではあるまいか。



さて、位人臣を極めた楊震が仕えたのは

安帝

という皇帝でした。


賢明な大臣達よりも、身近にいる政治能力が皆無なわりに権謀術数だけは長けている宦官(かんがん)や乳母の方を信頼するという、

後漢衰退期の最も典型的な天子であったのでした。


楊震は、「四知」という信念に従い、自身に危険が及ぶことを省みず

この言わば「君側の奸」と言うべき人たちが、天子の寵愛を良いことに、ときには天災で苦しんでいる民に対し、詔書を偽造してまで私利私欲をむさぼっているのを

看過することなく

繰り返し上書をしたためて皇帝に諫言を呈したのですが…


結局、

その諫言は一度も取り上げられることもなく、やがて楊震は安帝から徹底的に疎まれ、任を解かれ、遂には自決するに及びます。


「楊伯起(伯起は楊震の字(あざな))が宦官どもにおとしいれられ、自殺した」

この訃(しら)せは、中国全土に衝撃をあたえたといっても過言ではない。

貴族ではなく、門閥をもたぬ布衣の学者が、三公(王朝の最高幹部)の位に登ったことは、中国全土の民に政治の公平さを印象づけ、大いなる望みをあたえたのである。

しかし皇帝が宦官どもにまどわされて楊震を捐棄(えんき)したことは、けっきょく民意をふみにじったにひとしい



楊震の死は、後漢王朝が人民に棄てられるきっかけになったといえなくない。

ここから三国という新時代へむかう伏流が生じたともいえよう。


楊震の勇気ある行いは、

天が知り、地が知り、楊震自身が知り、そして大勢の民びとが知り、時代を動かしたと言えるようです。





中川さんがあの「朦朧」会見の前夜

IMFへの1000億ドルの資金供給(貸付)に正式に署名し、

ストロスカーン専務理事から

「人類史上最大の貢献」

という賛辞を受けたこと、

あるいは、その会見の数時間前に、

アメリカの保護主義を牽制する内容をG7の共同声明に盛り込ませたこと、

その他数々の事跡


天が知り、地が知り、中川さん自身が知り、数百万の国民が知っている。

そうではないでしょうか?




最後にもう一つ。


楊震の時代より300年ほど前の前漢武帝の治下、

司馬遷が【史記・刺客伝】に記した言葉を紹介して終わりたいと思います

士為知己者死

(士は己れを知る者のために死す)


「士」
古代には士太夫階級、つまり貴族階級の人物を指し、前漢時代であれば「一人前の男」くらいの意味と思われます。

現代であれば「一人前の人間」と捉えるべきでしょうか。


【一人前の人間であれば、
 おのれを知る者、つまり、自分を真に理解してくれる人のためなら、
 命を投げ捨てることも惜しまない。】

そのような意味合いの言葉です。


人の幸せとは何か

と問われたならば、人それぞれの定義があろうかと思いますが、


私にとっての主たる定義の一つは、

【この人のためであれば、この命一つ、くれてやっても良いわ
 と思えるような自分を心底理解してくれる人物に、
 生きている間に一人でも巡り合えること】

ではあるまいか、というようなものです。



昨夜は、そのような考えに耽るある秋の夜長でありました…



*今回は、思うところあって本の宣伝もブログランキングも割愛いたしました。
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